私の感覚 感情
私の感覚
33歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
プロフィール

ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は1歳と小1の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
    FC2 Blog Rankingにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ
    にほんブログ村

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

愛猫欲が無くなる時
ふだん私は猫が大好きで、いつまでもこねくり回したいほど愛猫欲の強い人間なのですが、その欲が無くなる時があります。
それは眠いのに「ごはんくれー」と夜中や早朝に起こされるときです。
癖になったら嫌なので、たいていは無視するのですが、あまりにもしつこい。
枕元でにゃごにゃご泣いたり、猫パンチしたり、黙って胸の上にずっしりと乗っかってきたり。
ありとあらゆる手で起こしにかかられる。
私もイライラがマックスになると、窓から外に無理やり出して鍵かけたり、廊下に閉め出したりします。
猫を愛する心なんてみじんも感じられない行為に出てしまいます。
後になってごめんねーと思いますが、眠いのを邪魔されるほど嫌なものはない。

ここは夜中の「ごはんくれ!」サインにどう対応するのが正解か?
①夜寝る前にあらかじめ皿にカリカリを大盛りにしておく。
 ⇒一度にたくさん食べ過ぎて夜中に場所を選ばずゲロを吐くことが多く、その始末に起こされてしまう。
②ほんの少しだけカリカリを入れておく。
 ⇒すぐに食べきってしまい、「もっとくれ!」と余計に泣いて訴えてうるさい。

何かいアイディアがあったら、お助けを!!
夜中の断眠は結構きついものがあります。
猫を部屋に入れないようにして寝るという方法もありますが、ふすまを器用に開けて入ってくる奴なので、侮れません。。
ちなみにうちのにゃんこは少し太っているので、夜中にご飯をあげるのはもってのほかと、獣医さんには言われています(苦笑)
でもついついうるさいと、昼間は回数気にせずにご飯をあげてしまうんですよねー。

デパス19錠
「ようこさんは病気を何年やっっとるのかね?本気で治す気はあると?」
義父に投げかけられた言葉に対して、私はリハビリ中であることと、慢性疾患で治らない病気であることを伝えようと思った。
しかし義父は聞く耳をもたず、私が看護師の資格を持っているから「ナースとして働かないのはもったいない」と言う。
「目標を持って働かんとば、人としてどうかと思う」、というようなことまで言われた。
私だって治るものなら治して働きたい。
でも妊娠出産で手に入れた対償に、私は人並みに働けるだけの体力を奪われてしまった。
少しずつリハビリしても、戻る部分と、戻らぬ部分がある。
できないことを求められることほどつらいことはないし、頑張ってやっていることを否定されるほど悲しいものはない。
家族として分かり合いたい相手にここまで否定的感情を持たれたことが、しんどくて、心が折れそうになって、この不安をどうにもしずめたくて、ありったけのマイナートランキライザーデパス19錠を口の中に放り込んで眠りについた。

子どもが泣こうがわめこうが、私は関与できる状況ではなかった。
母親失格。
それ以前に、お嫁さん失格。
ごめんなさい。
こんな私でごめんなさい。

デパス19錠の後遺症なのか、忘れっぽくて、何をしても、相手の話をほとんど覚えていられません。
もうそろそろデパス後遺症から抜けきりたいです。
今日、身体がやばそうなので通院します。
明日は、精神科。
何事もないといいのだけれども。
やさしいね。
私はかずひさに聞いてみた。

ねえ、かずは将来何になりたいんだい?

え?お仕事?そうねー、僕マッサージする人になりたいんだ。

え?何でなの??

ママの肩とか腰とか揉んであげるの。僕それしかできないから。

うーん。それでは儲からないよ。どうやってなるの?学校へ行くの?それとも自力で学ぶの?

えーっと、それはね、こうやってママの肩とか腰とか揉みながら覚えるの。

そっか、ありがとう。また他になりたいものができたら、また聞くから教えてね。


彼の気遣いに心がじんわりと温かくなった。
何気ない会話の中から、子供が子供なりに一生懸命考えていることが分かった。
私はこの子供に愛されている、私も愛している、もうそれで十分だ、他に何も必要ない、と思った。
ここの所不安定さがあり、私は憔悴しきっていたが、何とか乗り越えられる、と感じた。
人々の温かさに救われている。
なんてすばらしい世界が広がっているんだろう、と思う。
まわりまわって何かが自分のところに届き、そして私の気持ちも相手に届く。
生きていていいかな、もう少し頑張ってみよう、と思い直せる。

眠れても、眠れなくてもいい。
それでも時は進んでいく。
何も変わらない「今」が、今この瞬間が存在するだけでそれで十分なんだよね。
生きることって大変だね。
19年前、15歳で入院した時は、Mさんは一生懸命聖書を読み、エホバの証人としての勉強に励んでいましたが、不眠症と言って眠れないことに苦しんでおられました。

6年前入院した時は、M,さんは書物を読むのをやめ、動いたり止まったり座り込んだりして、病院内をさまよって、手厚い看護を受け、しかし私の事を思い出しては、「退院できたらな・・・」なんて希望を語り合っていました。

今年の1月に入院した時は、Mさんは車いすに抑制帯で固定されて、沈黙したままの状態が続き、時折トイレ介助でトイレまで誘導されて歩いていました。「Mさんに私の事覚えている?」と聴いたら、こっくりとうなずかれました。そして私は「幸せですか?」と尋ねたら沈黙が続いた。私が「生きるのって大変ですね」と話しかけたら、「本当にそのとおりね、と。私はMさんの選べない選択肢の生き様に涙が出そうになった。

精神科閉鎖病棟の中には悲しみがあふれていた。
元気になることもあったが、歳月を経て悲しみが変化しないことに、私まで悲しくなってしまった。
私はいつか元気になって、主治医からの信頼を勝ち取り、ここで働こうと胸に思いを抱くのでした。

昨日は私は色々あって疲れてしまい、泣いて泣いて涙ばかりがこぼれていた。
一人でいることが辛くて、子供が「保育所の迎え、ママがいい」と話していたのを思い出して、歩いて保育所へ向かった。
でも私は疲れすぎていて、ぼろぼろ涙がこぼれてきて、保育所についたらホッとして、動けなくなってしまった。
保育所はとっても暖かくて、心地よくて、眠気が襲ってきて私はとろけてしまいそうだった。
なんて温かな空間なのだろう、私の子供たちはきっと幸せな時間を過ごしているんだな、と心から思った。
私が親で申し訳ないと思った。
母が車で迎えに来てくれて、自宅に戻った。
私はふみザウルスを母に託し、昏々と眠り続けた。
泣いた後は疲れて良く眠れる。
泣くのは意外とエネルギーを消耗するのだと思った。
生きるのって大変ね、そう私は思う。
今、心のエネルギーが消耗してわずかしか残っていない。
躁鬱混合状態のような感じなのかな?
しんどいです。
器用な人
何でもすんなりこなせる器用な人を見ると、素敵だな~って思う。
今日は子育て支援センターにフミヒロを連れて出かけてきた。
いつもは保育所に預けているので、初めての公園デビューではないけれど、赤ちゃん広場デビューです^^
マタニティ教室で一緒だったママさんと再会して、相手の方から声をかけてくれたのですが、私は記憶が抜け落ちていて思い出せないのです。
すごくきれいな方で、母乳を夜中に2時間おきにあげているんだとか。
それでいて、昼間も起きていられるんだもん。
すごいなーって思いました。
私なんて、夜中のミルクを旦那に頼み、朝もぎりぎりまで寝ているし、昼間もボーっとしている。

そうそう、前回の通院で薬が増えました。
夜に眠ったり起きていたりするということを伝えたら、新しい睡眠薬を試してみることに。
ベルソムラ(20)をエビリファイ(12)と共に飲んでいます。
そして震える副作用が気になると言ったら、タスモリン(1)×2回が追加になりました。
でもタスモリンは飲んだり飲み忘れたりしてしまっています。
そのせいなのか、ちょくちょく疲れてくると目が上がります。
明日は通院日なのですが、エビリファイをクエチアピンに変えられないか聞いてみようと思います。
私の感覚では、クエチアピンの時の方が飲み心地がよく、副作用止めも必要なかった気がしますので。
薬はできるだけ最小限にとどめたい、という気持ちでいます。
副作用止めも飲まないならそれに越したことはないと思うのです。


101日目
ふみが生まれて101日目です。
もう100日過ぎたんです。
あまりにもいろんなことがありすぎて、あっという間でした。
朝はだらだらと寝ていることが多かったので、9月からは私もシャキッと起きて、家の中の仕事を頑張ろうと思います。
旦那が仕事復帰するので、私もうまく行くようにできる限り応援するつもりです。

自分の悪い癖を何度も旦那に指摘されています。
「言葉遣いが悪い、もっと旦那の方が10歳年上であることを自覚して旦那を敬うように、人を馬鹿にした態度を辞めてほしい。」と言われます。
でも私は丁寧な言葉を使うと、疲れてしまうので、友人と会話するかのように旦那とは普通に話しています。馬鹿にしているつもりなんて微塵もありません。それなのになぜ?
とにかく旦那曰く、私は人の神経を逆立てるような話ぶりをしているそうなのです。
たとえば旦那がお茶を入れるのに、お湯が沸くのを待っていたので、「時間があったらミルク作ってくれる?」と聞きました。
そしたら「不愉快、イライラする言い方をするな」と言います。
私が逆の立場だったら、普通に「いいよ」とか「これ終わってからならば作れるよ」とか答えると思うんです。
ですが旦那は「時間があったら」と言う前置きがものすごく嫌だというのです。
前置きは何も言わずに、「ミルク作ってください、お願いします」と言うべきだと指摘します。
単刀直入に「やってほしいこと+お願いします」がいいそうです。
私は昔から相手の顔色をうかがいながら頼むか頼まないかを決めてきたタイプなので、けっこう頼みごとの前置きを入れてしまう癖があります。
癖だからついつい一言多くなってしまいます。
治すのが難しいです。
相手を敬う話し方についても難しいなと思います。
心の中で尊敬していても、それが全く伝わらなくて、残念です。
好きな人にまた「お前といると性格が変わる。昔の俺はもっと優しいと周りの人から評価されていたんだ。今はイライラさせられることばかりで嫌だ」と言われてしまいました。
そして「子供の事を考えて別れないけれど、初めから俺たちは合わなかったんだ。夫婦の問題と子供がいることは別問題にして考えなければならない」とまで言っていました。
気持ちがどんどん離れてしまうのかな?と悲しくなりました。

私なんていなければよかった。もっと別の人がたくさん生きたらいいのに、と痛切に思いました。
でも消えちゃうことはできない、宙ぶらりんのまま生きています。
ゆとり
私はイライラしていた。
何が、どうした、という細かさが原因ではない。
とにかく心の中のゆとりがなくなって、
疲れがたまってきて、
笑顔を忘れて、
イライラしながら家事をしていた。

ゆとり、
何で私から失われてしまうのだろう。
疲れ、不満、閉塞感。
私は幸せなはずなのに、
その幸せを自ら遠ざけてしまっている。

旦那が言った。
「そこに座っているだけでプレッシャーだ」と。
私はひとことも発せず、
漬物をポリポリ食べていただけ。
それなのに私の存在が、
彼を焦らせる。

私って一体何?
他人を追い詰めるつもりがなくても、
知らず知らずのうちに追い詰めている。
悲しい。
生きることは大変なこと。
ここ数日の間にいろんなことがあった。
生きていくのは本当に大変なことだとつくづく思う。
今は後遺症で体のあちこちが痛いし、傷もひりひりする。
でもこうして生きているということは、生きていかなくてはいけないのかなという気もする。
気持ちがものすごく沈んで、動くのもやっとで、産後うつになったかとも思った。
外に出て一人で泣いてしまう。
だけどだけど、子供のいる下へ帰ってきてしまう。
一体何が現実で、私の空想なのかが分からなくなることもあるけれど、その狭間の中を揺れながら、今後も生きていくのだと思う。
心を打ち明ける。 
水曜日は精神科受診でした。
なので担当の先生に思い切って訊いてみました。
「中学生で発病した時、薬をドカッと使われて、昼も夜も寝てばかりで、一体何を治療されたかわからないまま3か月で退院したんです。先生は発病したばかりの患者に薬をドカッと使うタイプですか?それとも少しずつ増やしていくタイプですか?」と。
そしたら私は「あなたは薬が少量で効くタイプのようだから、少しずつ増やしていかないとね。ドカッと入れて倒れちゃったりふらふらしてしまったら大変でしょ。出産後でただでさえ気持ちが不安定になりがちの時期だから、無理しないでよく休んで。」というようなニュアンスのことを言われました。
発病した時のことを前の主治医には話したことはあまりなかったので、(あー少し分かってもらえたかも)と思いホッとしつつ嬉しい気持ちになりました。
それに私は薬に弱いとか、副作用で震えが出てきていることを直接言っていないのに、今の先生はそれを見抜いていたんだなと思うと、すごい観察力だ、と思いました。
筑波大の附属病院は特別な人しか診ないのは分かるけれど、私はできるだけ長くそこに通いたいなと思ってしまいました。
今は入院を避けるために、次は一週間後に予約を入れ、薬を増やしてもらいました。
頓服をコントミン(12.5)を2錠まで一度に飲んでも大丈夫、という計算で薬を出してもらいました。

エビリファイ(9)・・・朝・昼に(6)(3)
コントミン(12.5) 寝る前            
 
頓服 ウィンタミン(5)
      もしくは
    コントミン(12.5) 1回2錠まで

母乳はでなくなりました。悔しいし残念だけれど、それが自然の流れだったのかとも思います。

分かりそうで分からない
感情がふあんていだ。
涙がボロボロこぼれて泣けてくる。
昔を思い出しては、泣いて泣いて止まらない。
分かりそうで分かりかけた日、病院に運ばれて、分かりすぎて生きるいのちの本質というか頂点が分かった感じがしたけれども、分かりすぎて辛くなってしまい、脳みそが縛られて痛くて痛くて、「殺してくれ」と思った。
そしたら一本の注射で助けられたが、そのあと、薬をたくさん入れられて、分からなくなってしまった。
頂点を極めた思いから凡人の世界へ、注射という薬でおろされてしまった。 5月28日朝

一昨日は調子が悪くて悪くて、ボーっとして、旦那にも再発しているようで、入院が必要かも、と見られていた。
私は実家へ緊急避難して、様子を見ることに。
旦那も疲れてピリピリしていたので、お互いに距離を置いて、少し様子を見ることにして、私は授乳の間の子供が寝ている時間に部屋の片づけや掃除をしていたのをやめ、布団の上で授乳とおむつ交換の育児だけに専念させてもらうことにした。
それで身体は休まったけれども、心がしんどくて落ち込んで落ち込んでどうしようもなくて・・・保健師さんに電話をして、話を聞いてもらい、混合栄養なのでミルクの足し方についてアドバイスをもらった。

私はどうしても母乳育児をしたいと思っているので、赤ちゃんがおっぱいを吸ってくれると喜び、ぎゃんぎゃんと泣き続けて、おっぱいをくわえてくれなかったり、すぐにくわえてもペッと吐きだしてしまうと落ち込み、それの繰り返しです。
体重も思うように増えていなくて、むしろ少し減ってしまったことも重なって、ミルクをもっと多く入れるよう指導されたけれども、ミルクをかなり増やしたら、母乳を受け付けないようになってしまい・・・
ああ、こんなに母乳をあげるのが難しいものだとは思わなかった、と、淋しく思いました。
でも昨日の夜中、けっこう吸ってくれたので、今日は私はホッとしています^^
本当に赤ちゃんが生まれてからというもの、一日一日が濃い日々です。      5月31日朝