私の感覚 感情
私の感覚
34歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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もやもや
先日、児童相談所のスタッフの対応にクレームをつけてしまったことについて、自分は大人げないことをしてしまったと、自己嫌悪に陥っています。
あの後、スタッフさんから私の携帯に電話があり、直接連絡せず夫経由の連絡にしてしまったことについて、お詫びをされました。
私が障碍者だから、頼りなく思って電話しなかったとかではなく、夫に伝えたからそれで伝わるだろうと単に思ってしまっただけで申し訳なかったと言われました。
事情が呑み込めて、ひとまずほっとしましたが、私の心の中にもやもやが残りました。
こんな些細なことでイライラしてしまう私って、本当に器が小さいなと反省しています。
でも以前にもお世話になった保健師さんが夫に電話ばかりして、私をフォローするために会う日程など調整するはずなのに、肝心の私に直接電話をくれませんでした。
それがすごく悲しかったです。
相手にとっては些細なことだとは思います。
私もそんなに気にすることはないのだと思いますが、やはり心配してくれるのならば、直接連絡してほしかったと思いました。

明日は活動的になれるかな。
今日は午前中気持ちが落ち込んでいて、草むしりを少しだけして、あとはずっと寝ていました。
午後から仕事に行って、利用者さんやスタッフさんとおしゃべりして元気が出てきましたが。
ここ最近ストレスなのか、両手が湿疹酷く、皮がむけて肉が崩れてきそうです。
毎日かゆみ止めに抗アレルギー薬を飲んでいますが、痒くてひっかいてしまっています。

私、クレーマー。
私は育児について悩んでいて、先週、地元の児童相談所に行き、相談に乗ってもらってきた。
その日はそれでよかったのだが、継続して相談に乗ってもらうことにはなったものの、夫が児童相談所に電話をして、次回の時間と日にちを決めてきてしまい、場所に関しては私の希望を無視して変更してしまった。
その結果に対して、私は仕方ないとは一瞬思ったものの、なんで直接私に決まったことに対する連絡や、場所が変更になることについて電話がないのかと、すごく不満を持った。
まず児童相談所のスタッフに相談したいと思って、行動した主体は私(母親)なのだから、私に日程についてや場所の変更の連絡は初めにするべきだと思う。
以前、町の保健師さんが、相談に乗ってくれた時も、夫に挨拶や状況を尋ねる連絡をして、結局私の携帯や家の電話への連絡は一切なかった。
私から電話をしなければ、結局夫の携帯に連絡が入り、会う都合を決めるのも夫経由になってしまう。
何でも夫を通してから、ついでに私は知らされるだけになってしまう。
これは私が病気であるがゆえに、しっかりしていない、話にならないと思われて、夫に毎回連絡がいってしまうようになるのか?
そのあたりが悔しくて、「私が困っていて、悩みを話したくて、勇気を出して相談に行ったのに、2回目以降は私の話を聞くよりも、夫の話を聞きたいのか?私に直接連絡はしてくれないのか?」ともやもやしてしまった。
夜なので児童相談所は開いていないから苦情は言えないし、困った!
という事で、189にダイヤルしてしまった。
そしたらつながった先は栃木県の、とある児童相談所の女性職員の元であった。
ちなみに189は正式には虐待防止に関するダイヤルとされている。
私は児童相談所へのクレームがあるのですが、と言い、児童相談所の名前を出して聞いてみた。
そしたらそのスタッフさんは丁寧に話を聞いてくれ、私のクレームの内容を明日の8時半ごろに直接ファックスか電話で伝えてくれると言っていた。
ありがたい。
私のようなクレーマーにもちゃんと対処してくれるのね、189は。
感謝感謝です。
でも電話を終えて、私の心には、なんで自分はこんなにイライラしてしまうんだろう、と思い虚しくなった。
イライラしたかったわけではない、むしろ相談に乗ってもらえることに感謝しなくてはいけないのに、何故かクレームをつけてしまう。
自分自身がとことん嫌になる。
常識に欠けているし、普通の感覚が分からなくて悲しくなる。
私には私の感覚しかない、100人に一人の稀な感覚。
その他99人には理解しがたい非常識的な感覚。
私は私のままでいい、と誰かに言ってもらいたい。
でも現実は長男の嫁らしく、旦那をたてて、お義父さんを慕って尊敬し、子供には優しくイライラしないで接し、常識ある行動をしろと皆に言われる。
非常に難しい問題である。
夫にはっきり言われた。
「俺はお前のせいでお父さんに怒られている。もしお父さんに勘当すると言われたら、俺は離婚する」と。
ひねくれ者の私は(そんなに息子に愛されているお義父さん、幸せですね。)と思う。

今日は詳細にブログに綴りたくなるほど、気持ちがもやもやして仕方ない。
何とも眠れそうにない悔しい夜。
悩みを話す。
私は人に悩み事を相談するのが、あまり得意ではない。
今まで悩みがあっても、一人で模索するうちに解決してきた感じである。
もちろん精神科の受診でも、体調の報告はしても、心の中を相談することはしてこなかった。
そんな私が、ここ最近、チャレンジしている。
「悩みを他人に話す」という事に。
正直なところ、人に悩みを話したからと言って、何かが解決するわけではなく、結局のところ頑張って決断し努力するのは自分だと思っている。
でも心の中で、このままじゃいけない、というアラームが鳴り響いていて、少し苦しかったので、昨日は相談に出掛けていた。
答えが見つかったわけじゃない、ただ聴いてもらえた、それだけ。
でも継続して相談に乗ってもらえることになった。
少し心が軽くなった気がする。
私は人から相談を受けることが、ごくまれにある。
親しい友人数人からである。
昔はつい「自分ならこうするかなー」とか、「こんな考え方もあるんじゃない?」みたいなアドバイスとまではいかなくても、つい自分の意見をしゃべってしまっていた。
でも最近では、あまり主張しなくなった(。。)
自分の意見にとことん自信がなくなってきたのである。
だから「その悩みは分かるよ~」「大変だねえ」くらいにとどめている。

話は飛ぶけれど、デイケアのスタッフが今年から変わった。
私の大好きな保健師さんが担当に^^
そのニュースを聞いて、(やったぁ!)と心の中で思わずガッツポーズ。
今までのスタッフさんも良かったですが、専門職ではなかったので、相談に躊躇していました。
でもこれからは、思い切って気になることとか相談できたらいいなと思っています。

今日はこれから仕事です。
仕事は体力的に疲れますが、とっても元気をもらえます。
終わったときの充実感はかなりありますね。
それに職場の雰囲気が好きで、その空間にいるだけで癒されます^^
これからも頑張って行きたいです。

愛猫欲が無くなる時
ふだん私は猫が大好きで、いつまでもこねくり回したいほど愛猫欲の強い人間なのですが、その欲が無くなる時があります。
それは眠いのに「ごはんくれー」と夜中や早朝に起こされるときです。
癖になったら嫌なので、たいていは無視するのですが、あまりにもしつこい。
枕元でにゃごにゃご泣いたり、猫パンチしたり、黙って胸の上にずっしりと乗っかってきたり。
ありとあらゆる手で起こしにかかられる。
私もイライラがマックスになると、窓から外に無理やり出して鍵かけたり、廊下に閉め出したりします。
猫を愛する心なんてみじんも感じられない行為に出てしまいます。
後になってごめんねーと思いますが、眠いのを邪魔されるほど嫌なものはない。

ここは夜中の「ごはんくれ!」サインにどう対応するのが正解か?
①夜寝る前にあらかじめ皿にカリカリを大盛りにしておく。
 ⇒一度にたくさん食べ過ぎて夜中に場所を選ばずゲロを吐くことが多く、その始末に起こされてしまう。
②ほんの少しだけカリカリを入れておく。
 ⇒すぐに食べきってしまい、「もっとくれ!」と余計に泣いて訴えてうるさい。

何かいアイディアがあったら、お助けを!!
夜中の断眠は結構きついものがあります。
猫を部屋に入れないようにして寝るという方法もありますが、ふすまを器用に開けて入ってくる奴なので、侮れません。。
ちなみにうちのにゃんこは少し太っているので、夜中にご飯をあげるのはもってのほかと、獣医さんには言われています(苦笑)
でもついついうるさいと、昼間は回数気にせずにご飯をあげてしまうんですよねー。

デパス19錠
「ようこさんは病気を何年やっっとるのかね?本気で治す気はあると?」
義父に投げかけられた言葉に対して、私はリハビリ中であることと、慢性疾患で治らない病気であることを伝えようと思った。
しかし義父は聞く耳をもたず、私が看護師の資格を持っているから「ナースとして働かないのはもったいない」と言う。
「目標を持って働かんとば、人としてどうかと思う」、というようなことまで言われた。
私だって治るものなら治して働きたい。
でも妊娠出産で手に入れた対償に、私は人並みに働けるだけの体力を奪われてしまった。
少しずつリハビリしても、戻る部分と、戻らぬ部分がある。
できないことを求められることほどつらいことはないし、頑張ってやっていることを否定されるほど悲しいものはない。
家族として分かり合いたい相手にここまで否定的感情を持たれたことが、しんどくて、心が折れそうになって、この不安をどうにもしずめたくて、ありったけのマイナートランキライザーデパス19錠を口の中に放り込んで眠りについた。

子どもが泣こうがわめこうが、私は関与できる状況ではなかった。
母親失格。
それ以前に、お嫁さん失格。
ごめんなさい。
こんな私でごめんなさい。

デパス19錠の後遺症なのか、忘れっぽくて、何をしても、相手の話をほとんど覚えていられません。
もうそろそろデパス後遺症から抜けきりたいです。
今日、身体がやばそうなので通院します。
明日は、精神科。
何事もないといいのだけれども。
やさしいね。
私はかずひさに聞いてみた。

ねえ、かずは将来何になりたいんだい?

え?お仕事?そうねー、僕マッサージする人になりたいんだ。

え?何でなの??

ママの肩とか腰とか揉んであげるの。僕それしかできないから。

うーん。それでは儲からないよ。どうやってなるの?学校へ行くの?それとも自力で学ぶの?

えーっと、それはね、こうやってママの肩とか腰とか揉みながら覚えるの。

そっか、ありがとう。また他になりたいものができたら、また聞くから教えてね。


彼の気遣いに心がじんわりと温かくなった。
何気ない会話の中から、子供が子供なりに一生懸命考えていることが分かった。
私はこの子供に愛されている、私も愛している、もうそれで十分だ、他に何も必要ない、と思った。
ここの所不安定さがあり、私は憔悴しきっていたが、何とか乗り越えられる、と感じた。
人々の温かさに救われている。
なんてすばらしい世界が広がっているんだろう、と思う。
まわりまわって何かが自分のところに届き、そして私の気持ちも相手に届く。
生きていていいかな、もう少し頑張ってみよう、と思い直せる。

眠れても、眠れなくてもいい。
それでも時は進んでいく。
何も変わらない「今」が、今この瞬間が存在するだけでそれで十分なんだよね。
生きることって大変だね。
19年前、15歳で入院した時は、Mさんは一生懸命聖書を読み、エホバの証人としての勉強に励んでいましたが、不眠症と言って眠れないことに苦しんでおられました。

6年前入院した時は、M,さんは書物を読むのをやめ、動いたり止まったり座り込んだりして、病院内をさまよって、手厚い看護を受け、しかし私の事を思い出しては、「退院できたらな・・・」なんて希望を語り合っていました。

今年の1月に入院した時は、Mさんは車いすに抑制帯で固定されて、沈黙したままの状態が続き、時折トイレ介助でトイレまで誘導されて歩いていました。「Mさんに私の事覚えている?」と聴いたら、こっくりとうなずかれました。そして私は「幸せですか?」と尋ねたら沈黙が続いた。私が「生きるのって大変ですね」と話しかけたら、「本当にそのとおりね、と。私はMさんの選べない選択肢の生き様に涙が出そうになった。

精神科閉鎖病棟の中には悲しみがあふれていた。
元気になることもあったが、歳月を経て悲しみが変化しないことに、私まで悲しくなってしまった。
私はいつか元気になって、主治医からの信頼を勝ち取り、ここで働こうと胸に思いを抱くのでした。

昨日は私は色々あって疲れてしまい、泣いて泣いて涙ばかりがこぼれていた。
一人でいることが辛くて、子供が「保育所の迎え、ママがいい」と話していたのを思い出して、歩いて保育所へ向かった。
でも私は疲れすぎていて、ぼろぼろ涙がこぼれてきて、保育所についたらホッとして、動けなくなってしまった。
保育所はとっても暖かくて、心地よくて、眠気が襲ってきて私はとろけてしまいそうだった。
なんて温かな空間なのだろう、私の子供たちはきっと幸せな時間を過ごしているんだな、と心から思った。
私が親で申し訳ないと思った。
母が車で迎えに来てくれて、自宅に戻った。
私はふみザウルスを母に託し、昏々と眠り続けた。
泣いた後は疲れて良く眠れる。
泣くのは意外とエネルギーを消耗するのだと思った。
生きるのって大変ね、そう私は思う。
今、心のエネルギーが消耗してわずかしか残っていない。
躁鬱混合状態のような感じなのかな?
しんどいです。
器用な人
何でもすんなりこなせる器用な人を見ると、素敵だな~って思う。
今日は子育て支援センターにフミヒロを連れて出かけてきた。
いつもは保育所に預けているので、初めての公園デビューではないけれど、赤ちゃん広場デビューです^^
マタニティ教室で一緒だったママさんと再会して、相手の方から声をかけてくれたのですが、私は記憶が抜け落ちていて思い出せないのです。
すごくきれいな方で、母乳を夜中に2時間おきにあげているんだとか。
それでいて、昼間も起きていられるんだもん。
すごいなーって思いました。
私なんて、夜中のミルクを旦那に頼み、朝もぎりぎりまで寝ているし、昼間もボーっとしている。

そうそう、前回の通院で薬が増えました。
夜に眠ったり起きていたりするということを伝えたら、新しい睡眠薬を試してみることに。
ベルソムラ(20)をエビリファイ(12)と共に飲んでいます。
そして震える副作用が気になると言ったら、タスモリン(1)×2回が追加になりました。
でもタスモリンは飲んだり飲み忘れたりしてしまっています。
そのせいなのか、ちょくちょく疲れてくると目が上がります。
明日は通院日なのですが、エビリファイをクエチアピンに変えられないか聞いてみようと思います。
私の感覚では、クエチアピンの時の方が飲み心地がよく、副作用止めも必要なかった気がしますので。
薬はできるだけ最小限にとどめたい、という気持ちでいます。
副作用止めも飲まないならそれに越したことはないと思うのです。


101日目
ふみが生まれて101日目です。
もう100日過ぎたんです。
あまりにもいろんなことがありすぎて、あっという間でした。
朝はだらだらと寝ていることが多かったので、9月からは私もシャキッと起きて、家の中の仕事を頑張ろうと思います。
旦那が仕事復帰するので、私もうまく行くようにできる限り応援するつもりです。

自分の悪い癖を何度も旦那に指摘されています。
「言葉遣いが悪い、もっと旦那の方が10歳年上であることを自覚して旦那を敬うように、人を馬鹿にした態度を辞めてほしい。」と言われます。
でも私は丁寧な言葉を使うと、疲れてしまうので、友人と会話するかのように旦那とは普通に話しています。馬鹿にしているつもりなんて微塵もありません。それなのになぜ?
とにかく旦那曰く、私は人の神経を逆立てるような話ぶりをしているそうなのです。
たとえば旦那がお茶を入れるのに、お湯が沸くのを待っていたので、「時間があったらミルク作ってくれる?」と聞きました。
そしたら「不愉快、イライラする言い方をするな」と言います。
私が逆の立場だったら、普通に「いいよ」とか「これ終わってからならば作れるよ」とか答えると思うんです。
ですが旦那は「時間があったら」と言う前置きがものすごく嫌だというのです。
前置きは何も言わずに、「ミルク作ってください、お願いします」と言うべきだと指摘します。
単刀直入に「やってほしいこと+お願いします」がいいそうです。
私は昔から相手の顔色をうかがいながら頼むか頼まないかを決めてきたタイプなので、けっこう頼みごとの前置きを入れてしまう癖があります。
癖だからついつい一言多くなってしまいます。
治すのが難しいです。
相手を敬う話し方についても難しいなと思います。
心の中で尊敬していても、それが全く伝わらなくて、残念です。
好きな人にまた「お前といると性格が変わる。昔の俺はもっと優しいと周りの人から評価されていたんだ。今はイライラさせられることばかりで嫌だ」と言われてしまいました。
そして「子供の事を考えて別れないけれど、初めから俺たちは合わなかったんだ。夫婦の問題と子供がいることは別問題にして考えなければならない」とまで言っていました。
気持ちがどんどん離れてしまうのかな?と悲しくなりました。

私なんていなければよかった。もっと別の人がたくさん生きたらいいのに、と痛切に思いました。
でも消えちゃうことはできない、宙ぶらりんのまま生きています。
ゆとり
私はイライラしていた。
何が、どうした、という細かさが原因ではない。
とにかく心の中のゆとりがなくなって、
疲れがたまってきて、
笑顔を忘れて、
イライラしながら家事をしていた。

ゆとり、
何で私から失われてしまうのだろう。
疲れ、不満、閉塞感。
私は幸せなはずなのに、
その幸せを自ら遠ざけてしまっている。

旦那が言った。
「そこに座っているだけでプレッシャーだ」と。
私はひとことも発せず、
漬物をポリポリ食べていただけ。
それなのに私の存在が、
彼を焦らせる。

私って一体何?
他人を追い詰めるつもりがなくても、
知らず知らずのうちに追い詰めている。
悲しい。