今日は夜勤明け。
午後からめいっこがうちに来て、外で遊んだ。
空き地にたんぽぽが群生している。
大部分が綿毛に覆われていた。
めいっこは綿毛のついている茎をたくさん摘んで、私にくれる。
私がたんぽぽを左右に振りかざすと、綿毛のシャワーのようになった。
「きれいねー」
思わず2人の声は重なった。
そんなこんなで、夕方までめいっこの相手をしていたら、昼寝をしないで一日過ぎてしまった。
心地よい疲れが来ている。
コレは眠剤なくてもガッツリ寝れるんじゃないか?って感じ。
めいっこは泥だらけになり、結局私が風呂入れをして、磨きをかけて実家に返送。
また遊んでね〜ようこちゃん!と笑顔で帰っていった。
子供っていい☆純粋にそう思った。
昨日は一人の患者様から、ある質問をされた。
「ねえ、看護師さん、毎日同じ薬を飲んでいるのに、調子の悪い時と、いい時があるのは、どうしてなんだろう?」と。
「そうねぇー。人は心が揺れ動くでしょ?それに伴って、統合失調症の人は心が動くと同時に、脳内の機能も揺れ動くの。普通の人ならば心だけ揺れて、脳内までは影響しないんだけど、病気だと心が揺れると、頭の中まで響いてきちゃうんじゃないかな?だから同じ薬を飲んでいても、気持ちの持ちようで、症状が変わってくるんだと思うよ。」
「ふーん。ドーパミンの量とか関係しているのかな?」
「なんだ!知っているんじゃない^^その通りよ。」
こんな会話がなされました。
わかりやすく伝える、ということを念頭において、説明したつもりでしたが、本当はどういう説明ならば分りやすかったかな?
時々患者様の質問に、ドキッとさせられます^^
揺れる心、自分で自制できるようになれば、治療が大方完了したということになるのではないでしょうか!
助け合い精神に満ち溢れた、今の職場が私は大好きだ。
職場にいると、何ともいえない温かい空気に包まれているのが分かる。
夜勤帯では2人の看護師で、約60人の患者様を看なくてはならない。
どうしても手が回らない部分も出てくる。
そんな時、患者様同士での助け合いがあり、患者様がスタッフに対しての助けを出してくれる。
例えば、盗み食いをしようとする知的障害の患者様に対して、他の患者様が「Mちゃん、盗っちゃだめだよ、部屋で待っていなよ。」と優しく誘導してくれる。
トイレ介助が必要な患者様が、ポータブルトイレまで行くのが大変な時、他の患者様が車椅子を押して連れて行ってくれる。
食事の配膳を手伝ってくれる。
失禁してしまった患者様に、優しい声かけをし、着替えを手伝ってくれる。
てんかんで倒れた患者様がいれば、すぐにスタッフに知らせてくれる。
もう、挙げればキリがないほど、患者様には助けられている。
その他、スタッフの人たちも、メチャメチャ優しい。
自分が入院したい、とまでは思わないけど(笑)
でも、私の勤めている病院は、古い設備だけど、人材はピカイチだと思うよ!
温かい空気、助け合いの精神、思いやりとやさしさ、まだまだ自分に足りない所はたくさんあると思うが、患者様や他スタッフを見習って、前進していきたい。
仕事の話です。
私は閉鎖病棟の男性を担当しているのですが、ひとり困ったチャンがいます。
通るたびにお尻や胸を触ろうとしてきます。
はじめは迂闊にも隙を見せて触られてしまいましたが、2回目以降は何とか逃げ交わしています。
触らないで!と言うのはもちろんのこと、触ったらお触り賃とるよ!とか言っているのですが、その患者様は高笑いしていたり、トイレのバケツで水を飲んでいたりと、奇行が続いています。
あまりにも度が過ぎるので、蹴り倒してやろうかと思ったくらいです。
ガマンガマン…
自分がやりたいと思っていた精神科医療とかけ離れている、社会的入院の多い、知的障害者が多い施設的病院。
うーん、悩みつつも毎日頑張っています。
明日は休日勤務ナリ。
ファイトだぁっ!!!
メンタルヘルスブログランキングで48位でした。
下降気味だなぁ…20位くらいにまでに入りたい!
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ドラマ3年B組金八先生がスタートしました。
ちょうど夜勤で見れなかったのですが、HDDに撮っておき、今日早速見ました。
その中で茨木のり子さんの詩が紹介されていました。
タイトルと内容はさておき、「本当に生きた日」という言葉が心に残ったと言う学生がいました。
中学3年生。
色んな意味で、考えさせられる日が多いと思う。
高校受験、それに何の意味があるのか、私には解らなかった。
当たり前のことを当たり前と受け流せなくなる、自明性の揺らぎが、私には起こったのだ。
つい最近のことのように感じる。
もう10年も昔のことなのに…
「生きている意味をわからない人間は、生きていくことができない」
そう金八先生は言っていました。
すごく納得させられました。
私は中3の時、何で生きていなくちゃならないんだろう、何のために生まれてきたんだろう、と漠然と考えていました。
そんな時、夏休みにスタジオジブリ映画「もののけ姫」を見て、「生きろ。」という言葉に涙した覚えがあります。
理屈抜きに「生きろ。」と言われて、(あぁ、生きていていいんだ。)とスーッと心が軽くなった覚えがあります。
生きている意味、それは中学校生活最後まで、わかりませんでした。
本を読んでも、どんなに受験勉強してもわかりませんでした。
でも学校生活最後の最後に、体調を崩し、色んな人の温かさに触れて、初めて生きているっていいな、人ってこんなに優しいんだ、このまま生きていてもいいかな、って思えるようになりました。
生きている意味、それは私の場合、発病をきっかけにしてつかみました。
「人の心と心をつなぐ人になろう」そう決心したのです。
人と人とが仲良くなれるための、潤滑油のような存在でいたいと、思ったのです。
それからは生きていくのにも、少し自信が湧きました。
生きている意味、それは人それぞれでしょう。
一生かけてそれを探す人もいるでしょう。
でも生きている意味がわかった時、心が楽になります。
そこがスタートラインなのです。
ネット社会である現代において、手紙というものがどのくらい書かれているのだろうか。
私は大の手紙好きである。
小学校時代は転校した友人と手紙を交わしていた。
その後、中学3年の夏、日本郵便友の会(現在は青少年ぺンフレンドクラブという名称)に入会し、国際文通と国内文通に目覚めてしまった。
中学校には、心の底から本音を言い合える、友人というものがいなかった。
いつも仮面をかぶって、友人と接しているようで、自分ももどかしかったし、相手もつまらなく感じていたと思う。
そんな私でも、自分を表現できる場、それが手紙だった。
初めは日本語の手紙でさえ、どういう流れで書いてよいのか分からなくて、年齢差を気にしたりしてしまい、上手く書けなかった。
でも相手を少しずつ知り、多くの出会いを重ね(もちろん別れもありました)、スムーズに書けるようになった。
今では日本語の手紙は、言葉をしゃべるように、すらすらと書いてしまう。
ただ、英文手紙となると、辞書を片手に頑張ってしまう。
今日は旦那が当直でいないので、のんびり辞書を片手に、溜め込んでいた海外からの手紙に、返事を書いた。
3通書くのに、2時間ほど要したと思う。
海外の友人が、手紙を開けたときに、嬉しく思ってくれるように、写真を入れたり、シールを同封したり、イラストを添えたり、気を遣う。
中学3年に出会った韓国のペンフレンドは、現在日本に留学し、早稲田大学で学んでいる。
彼女との出会いにより、国際文通への興味・関心がとても増したように思える。
彼女は日本語学校に通っている時に、私の家に泊まりに来た。
手紙を日本語で書いてくれていたから、相当日本語が上手だと思っていたら、やはりその通りだった。
彼女も高校時代に、本当の友人が中々見つからず、手紙によって自分探しの旅をしたと言う。
似た者同士だと感じた。
手紙はスローでいい。
自分の都合のいいときに開封して、読んで、しまう。
そして都合のいいときに読み直して、返事を書く。
つまり、マイペースにできるのだ。
と、言っても私のメール(携帯やPCの)もマイペースだが^^
手紙によって得た友人は、こちらから連絡を絶やさない限り、別れることはない。
一生涯付き合っていける、大切な相手である。
手紙生活、みなさんも楽しんでみてはいかが?!
今日、仕事から帰って、庭の花に水をあげていた。
そしたら隣のおばあさんが出てきて、「あなたそこの草、刈りなさいよ。道路に出ている草を放置しておくなんて非常識よ。水の通り道なんだから、何もないようにきちんとしなさい。」と言われた。
はじめ突然言われたので、カチンときて、「草があっても水は通ると思いますけれど…」と反論した。
そしたら「つべこべ言わずにやればいいのよ。ほら、そこの草も刈りなさいよ。根こそぎやらないとまた出てくるでしょ。」という具合だ。
話にならねーと思って、仕方なしに、草花を刈った。
そのおばあさんが草と言うのは、実は草花で、白い小さな花をつける、カバープランツの一種なのだ。
一面にグリーンが広がっていて、涼しげだし、きれいだし、私は気に入っていた。
だけどそのおばあさんのせいで、仕方なしに刈る羽目に…
早くあのおばあさん、くたばってくれないかなぁ〜とマジで思った。
唯一の救いは、他の近所のおばあさんが、見方になってくれて、「ああいう人は仕方ないよね。ようこちゃんはよくやってるよ。」とフォローしてくれていることだ。
近所づきあいは難しい。
まだまだこれから、がんばらニャならんなぁ><
昨日今日と夜勤でした。
一緒に組んだ先輩から、色々とお話を聞けました。
その先輩は私の母よりも年上です。
なのに、通信制大学で福祉を学んでいるそうです。
准看護師さんで、更なるスキルアップを目指すガッツのある方です。
その人は精神保健福祉士になろうと思って、今の精神病院に就職したそうですが、理想と現実とのギャップに悩み、1年間休学したそうです。
現場を知ってしまうと、理想をいくら掲げても変えられない現実に落胆します。
私もそうでした。
始めは精神科看護に大きな魅力を持っていました。
特に精神科救急医療に関心があり、初期対応の仕方でその後の予後が決まってくるんじゃないかと思っていました。
だから入院してくる患者様にどう接したらいいかなど、色々と想像は膨らんでいました。
でもやれることには限りがある。
3ヶ月経って、そう悟りました。
私も1年位して、余裕が出来てきたら、通信制大学で学んでみようかと思っています。
今後は介護保険とすべての障害者への医療が合併してくるだろうと思うから、ケアマネの資格も視野に入れて、勉強していければと思っている。
色々と先輩から刺激を受けた夜勤でした。
患者様は変わりなく、穏やかな日でした。よかった、よかった。
心が嘘をついている
表情(かお)は素直なのかな
人を見る時
目を真っ直ぐに向けられる?
どこか逃げる気持ち
本当はそばにいたい身体
胸がもわっとする
この感じ
どうしたらいいのだろう
いつまでも続いてほしい
この淡い気持ち
満ち足りた世界
私はなぜ生かされたのか
死の瀬戸際まで行ったあの時
誰かが助けてくれた
「人間を信じていいんだよ」
そんな気持ちが詰まった薬
ヒトはそれを抗精神病薬(メジャートランキライザー)と呼ぶ
薬で心のキズは治せない
こんな所じゃ治療と言えない
散々わがまま言った
15の冬
桜のつぼみが膨らむ
いつもなら気にも留めない
写真は満開の桜の下で
新たな気持ちで
それが普通…
でも違う違う、全く違う
限られた空間で生きる人は
たった一枝の桜にしか出会えない
空を見て思う
なぜ囲む?なぜ私は飛べない?
心は逃げる
身体も逃げたい
追い詰められると
自分を都合よく変えることができるんだね
(あぁ、心と身体はつながっている)
確信した瞬間、ホッとした
私はここにいる
どうなるの?
みんなはどうしたの?
私はね…
自分の気持ち
精一杯他人にぶつけないように我慢していた中学生
めぐりあえた友だち
めぐりあえた仲間
人のあたたかさ
心のやさしさ
ありがたい声かけ
感謝感謝
今日の夜、友人から電話があった。
「私、うつ病になってしまったよ。今、仕事休んでいるんだ…」
と言われた。
そうなんだ〜と色々詳しく話を聞いた。
前々から職場で辛い目に遭ってきた友人、とうとう心身に不調をきたしてしまったらしい。
経過を知っていた私は、なるべくしてなったのではないか、と言う気がする。
そのくらい、彼女の働いていた病棟は大変なところだったのだ。
彼女の両親も心配しているんじゃない?と聞いたら、精神科にかかるのを反対していたと言っていた。
やはり普通の人にとって、精神科という扉は重いものらしい。
偶然にも、私の主治医と、彼女の主治医は同じ人であった。
その話で少々盛り上がった。
うつ病の薬で、彼女は四六時中眠いらしい。
車の運転も控えるようにと言われているらしいが、田舎に住む彼女は運転をしないと通院さえできないので、運転するしかないらしい。
大変そうである。
13,14日と私は連休なので、その友人宅へお泊りすることになった。
仕事の話も含めて、色々話せたらと思っている。