私の感覚 2005年02月
私の感覚
34歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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仕事ができる幸せ
「私に何が出来るだろう。自分は何をしたらこの社会に役立てるだろうか…」
そう考えることが、仕事を選ぶ第一歩なのだと思う。

私は「自分がこの病気と真剣に向き合ってきた過程を生かして、同じような苦しみを持つ人の力になりたい」と考えました。
そのために私はどのような勉強をしようか、とても迷いました。
高校生の時です。
私は園芸科だったので、園芸を生かして「園芸療法士」になろうかと考えました。
しかしこの資格は当時、日本ではまだまだマイナーな資格で、将来性はあるけれども、即戦力として使える資格ではありませんでした。
次に考えたのが「作業療法士」です。
しかし学校見学などでこの仕事を知るうちに、作業療法の一つとして園芸療法があるけれど、それはそんなに深く勉強する領域ではない事を知り、気持ちが離れました。
「精神保健福祉士」は当時、まだそんなに一般的な資格ではなかったので、全く視野に入りませんでした。
そして自分が入院中、患者以外で身近に感じたのは「看護師」だったので、「よしっ!看護師になろう☆」と決意しました。
本当は精神医学を学んでみたかったので、医学部に入れれば理想的でしたが、そこまでの頭がないので、身分相応に看護学校に進学しました。

看護学校に進学した私ですが、何度も看護学校を辞めたいと思うほど大変な思いをしました。
とにかく学ぶべきことが多いのです。
教科書を先ほど整理していたのですが、ダンボール箱3つが満杯になりました。
実習が体力的にキツかったこと、試験へのプレッシャー、自分の精神状態のバランスをとること等…、乗り越えなくてはならない山がいくつもありました。
でも辛いのは私だけじゃない…、みんなも何かしらの辛さを抱えて頑張っているんだ…と自分に気合を入れつつ、何とかやってきました。

3月に看護学校を卒業します。
私にとって看護学校生活は、3年間の汗と涙の結晶のようなものです。
受け持たせていただいた患者様一人一人のことを、全部覚えています。
小児科実習で挫折しそうになった時、児の母親にかけていただいた言葉は大変励みになりました。
思い出がたくさん詰まった看護学校…あと数日で終わりです。
そして上手く行けば、春からは看護師として仕事を始めます。
就職したら「仕事ができる幸せ」をかみしめて、日々努力していきたいです。
Tokyo Is 日本☆
今日は立教大学で受験してきました。
立教大学は池袋駅から少し歩きます。
私は田舎者なので、東京の人口密度の高さにはクラクラきました。
特に駅の中は人がある一定の方向に流れているのですが、私はその流れに乗れず、どっちに行ったらいいのか迷っているうちに他人にぶつかりそうになってしまったり…
とにかく大変でした。
東京の人って(全員ではないでしょうけれど)怖いです。
みんな顔の表情を変えずにダダダッと突き進んでいきます。
私が一箇所に立ち止まっていたら、確実にぶつかってしまいます。
恐ろしい…人を避けて歩くのに、精一杯の神経を使いました。
東京に住んでいると、あういう人ごみの中もさわやかに歩いていけるようになるのだろうか…と思ってしまいました。
私は一生田舎に住みつづけていたいと、心から思った一日でした(笑)

受験会場の立教大学は素敵な所でした。
古めかしい建物に蔦の葉が一面にはびこっていて、庭園も趣があり素敵でした。
日本ではなく、ヨーロッパの庭園のような美しさを感じました。
もし人が多くなければ、一日のんびりと学校内を散策してみたい気分でした。
(今日は立教大学で5千人ちょっとが受験していました!)
と、同時にキャンパスライフに少々憧れを感じてしまいました^^
大学は専門学校とは比べ物にならにくらい歴史があり、規模が大きいのですね。
東京は日本なのに、自分の住んでいる地域とはあまりにも違いすぎていたので、外国に来てしまったような感覚を持った一日でした☆
いよいよ…
明日は看護師国家試験の日です。
今夜はホテルに宿泊して、当日に備えます。
自分の力を出し切れるよう、慎重に問題を解いてきたいと思います。
結果はどうあれ、とにかくこれを乗り越えればひとまずゆっくり出来るので、しっかりやってこようと思います。
そして次にパソコンを開く頃には、心身ともに開放された気分でいられることでしょう^^
地元ではインフルエンザがぼちぼち発生しています。
皆さんも気をつけて…
家庭教育
私は小学校・中学校・高校・専門学校の15年間、教育を受けてきた。
教育とは学校だけのものではなく、一般的には家庭でも行われている。
私の家庭では大して教育をされたおぼえがない。
父も母も勉強家ではなかったので、私がテストで100点を取ると、「出来過ぎるなぁ~。あんまり頭が良くなりすぎると、煙たがられるよ。」と言われる始末であった。
つまり、私の両親は教育熱心ではなく、私に好きなことをやらせてくれたのだ。
どのような職業に就くのもあなたの自由でいいと言われたので、私は自分の意思で看護師と養護教諭を目指している。
それは自分の夢や目標が決まるまでは、悩みが多く不安な日々だったが、目標が定まっている現在は家族の協力も得られて、非常にありがたく感じている。

しかし私とは違った子どもたちもいる。
今日、学校の先生は「自分は音楽の先生になりたかったけれど、それは叶えられなくて看護師になった。今は自分の子どもが音楽の先生を目指して頑張ってくれている…」という話を、すごく嬉しそうにしていた。
その話を聞いて、先生の子どもは本当にそれで満足しているのだろうか…と気になった。
なぜならば、その子にとってピアノが今の人生の全てだとすると、もしピアノがダメになってしまった時、その子の人生は挫折する可能性が高い…と思ったからだ。

私は精神病院に入院中、色んな人に出会った。
ピアニストで、コンクールで入賞して、イタリアに留学していた程の力量のある人が、精神病で入院していた。
その人の母は教員で、父は芸術家…兄弟もそれぞれの道で活躍しているようで、本人もこれからその道で活躍していくはずの人間だった。
それなのに突然の病気で、精神病院に入院!
私はその人と話していて、すごくもったいないと思った。
今までピアノピアノピアノ…で頑張ってきて、これからだ!という時に、全てが失われて、マイナス(病気)からのスタートになってしまったのだ。
本人もそうだが、親もさぞかしショックであったことと思う。

精神疾患は誰もがかかる可能性を持っている。
順調に生きてきた人でも、もしかしたらこれから発病してしまう可能性もあるかもしれない。
遺伝の要素も若干あるかもしれないが、基本的に精神疾患は、人間の生き方そのものに関わってくる問題だと私は考えている。
私だっていつ再発してもおかしくないし、私の家族が発病する可能性だってある。
だから私は健康でいるときは出来る限り、幸せに生きたいと思う。
目標のために時には我慢して努力することもあるかもしれないが、基本的には自由に好きなことをやって、のんびり生きていきたい。

『親の夢や理想を子どもに託す』というのは聞こえはいいけれども、それを託された子どもは重くて仕方ないんじゃないかと思う。
家庭教育は、人間としてこの社会で最低限生きていくためのルールやマナーを教えるだけで、十分であると私は思う。
そのベースがあってこそ、自分はどう生きたら良いのかを主体的に考え、実践していけるのだと思う。
親はついおせっかいを焼いて、子どもに対して色んな事を身につけさせてやりたいと思うだろうが、実際の子どもの立場としてはやりたいことをやらせてくれる親が一番ありがたいと思う。
どう生きるかは自分の問題であり、親の問題ではないからだ。

今日は親でもない子どもの私が、家庭教育について熱く語ってしまいました^^

すてきな友達
♪人はみんな誰でも ひとりでは生きてゆけないから
 いつもすてきな友達と この手をつなぐのさ
 悲しい時も仲間がいれば 辛くはない
 苦しい時も仲間がいれば 辛くはない
♪ぼくもきみも時には 暗闇に落ちて戸惑うから
 いつもすてきな友達と 微笑み交わすのさ
 愛と仲間それさえあれば 辛くはない
 愛と仲間それさえあれば 辛くはない
(梶賀千鶴子 作詞 / 鈴木邦彦 作曲) 

この歌は私が小学生の頃、学校で習って好きになった曲です。

友達…というものは何だか不思議な人間関係だと思います。
クラスメイトの中で、どこからどこまでが友達と言うのかよく分かりません。
私はクラスのみんなと友達だと思っています。
相手はそう思っていないかもしれないけれども…

私は昔から狭く浅く友達付き合いをする子でした。
理想は広く浅く…そして少しずつ広く深く…友達付き合いをしたいと思っていましたが、私は不器用な人間でしたからそれができませんでした。
今はやっと広く浅く友達付き合いが出来るようになってきた気がします。
友達…というのは「あなた今日から私の友達になってくれる?」というような性質のモノではないと思います。
日常的に一緒にいたり、何かをする時に一緒になる関係で、時を重ねるごとに自然と友達の関係が深まっていくものだと思います。

私は昔から群れるのが苦手でした。
女子は小学校高学年くらいから数人でグループを作るようになり、そのグループの人同士で仲良くする傾向が出てくると思います。
でも私はそういうのは苦手でした。
常にグループというものにとらわれず、みんなと仲良くなりたいと思っていました。
私は一般的な女に、なれなかったのかもしれません。
今でも数人のグループの中だけで活動する…ということに耐えられない人間です。

昔、女の子達は何人かでトイレに一緒に行く…という事が日常的に行われていました。
しかし私はトイレは自分がしたいと思うから行くものであるから、それにわざわざ友人を付き合わせるのも変な感じだし、自分のトイレに他人を付き合わせたいとは思いませんでした。
私は男に生まれていれば、人生、少しは違っていたのかもしれません。
女というものは面倒くさい生き物です。
私のように群れるのが苦手で1人でトイレに行こうとする人間は変わり者で、自分にとっての普通が、他人にとっての普通ではありませんでした。
それは、すごくすごく悲しいことだった気がします。

私は自分と同じような考えを持つ人間を見つけてみたくて、文通を始めました。
中学3年の時です。
今までに何人もの人と文通しました。
時には(この子は私と全然違うタイプの人間だ…)と思って文通を止めてしまったこともあります。

私の文通友達の1人で、もう5年くらい手紙のやり取りをしている子がいます。
彼女とは最初、似たような部分を持つ、気の合う人間だと思いました。
しかし今になって彼女と私は正反対であったことが分かりました。
私は周囲の流れに乗るのが苦手で、常に1人で頑張ってしまうから疲れ果ててしまった人間。
彼女は周囲の流れに乗っていて、いつの間にかに自分らしさとは何なのか分からなくなり、心が不安定になってしまった人間。
私と彼女は正反対な事で悩み苦しんでいました。
不思議なものです。
私は今まで、自分と似たもの同士が友達になると、親友になれるものだと思っていました。
でもどうやらそれは違いました。
私が親友と呼べるほど親しくしている友人達は、みんな私と性格が正反対だし、生き方も全然違います。
やっと分かりました。
似たもの同士はやりづらい。
違うもの同士だからこそ上手くいく…のではないか、と。

まだまだ私は未熟者です。
そうそう人は完璧にはなれないと思います。
お互いに足りないものがあるからこそ、友達のありがたさが身に染みて分かるし、自分は幸せなんだなぁ…と思えるのでしょう。
これからもすてきな友達を大切にしていきたいです。





歌うこと
今、テレビを見ていたら、音痴の人のためのレッスンがやっていた。
音痴…というのは練習すれば直るらしい。
興味深く番組に見入ってしまった。

幸いなことに、私は音痴ではない。
音痴の人はどういう意識で歌を歌っているのか分からないが、私は好きな歌は何度も何度も歌いたいと思うし、何回も練習しているうちに自然に歌えるようになってしまう。
特に好きな歌手はさだまさしさんと中島みゆきさんだ。
最近の歌でもすてきな歌はたくさんあるが、CDを買いたいくらい好きなのは、今の所この2人だけである。
歌というのは不思議なもので、自分の気持ちが不安定な時に自分の好きな歌を口ずさむと、少しずつ落ち着いてくる。
歌は何だか精神安定剤のような気がする。

私は倹約家なので滅多にCDを買わないのだが、最近ピアノ曲のCDを買ってみた。
歌は入っていないのだが、そのピアニストが表現しようとしているものが、ストレートに伝わってくるようなすてきな曲ばかりで、とても気に入った。
ここ数日は毎晩ピアノ曲を聴きながら1時間ほど読書をしている。
とても優雅なひとときである。
歌うこと、そして音楽を聞くことは、私にとって日常の一部である。
これからも、そのような幸せを感じる日常の一コマを大切にしていきたい☆

長いトンネル
私はずっと長いトンネルの中を1人で走り続けてきた。
常に何でも1人で頑張って、頑張って、ぐったりするまで頑張り続けてきた。
でもそのトンネルは、中々出口が見えてこない。
どこまでも走りつづけても終わりがない…そう思ったら、ふっと気が抜けて倒れてしまった。
初めて倒れた。
そして周りに心配をかけてしまった。
心配される…ということに慣れていなかった私は、それがとても変な感じがして、すべてを遠慮しようとした。
人の優しさをどのように受け容れればよいのか、分からなかった。

『自然なままの私を表現すること』
…これが出来ていれば、私は長いトンネルの中で倒れることはなかったと思う。
トンネルの中で生きる目標となる出口を見つけられなくなってしまった私は、病気という形で自分の危機状態を外部に訴えた。
本当は自分の辛い状態を、自分の口から周りに伝えることが出来れば良かった。
だけど私はそれが出来なかった。
周りからの圧力や、自分の意志の弱さ、タイミングの悪さ…色々な要因が絡み合って、トンネルの中から抜け出せなくなってしまっていたのだった。
トンネルの中は暗くて冷たくて、絶えず何かに対して不安な気持ちが揺れ動いていた。
私はこのままどうなってしまうのだろう、どのように生きていったらいいのだろう、そもそも私に生きる意味などあるのだろうか…
普段考えなくても生活できるような、あまり重要でないかもしれない事を、延々と考えつづけてしまった。

考える…考えて、考えて、考えたって分からないことはたくさんある。
考えても分からない、そういう時はどうしたらいいんだろう。
今なら分かる。
そんな時は、周りの流れに身を任せれば良いのだ。
でもその当時、私は周りに流されることが出来なかった。
常に自分で考えて、自分で決めることをしてきた私は、頼れるのは自分自身だけ…
この世界すべてに信頼感が持てず、常に孤独感がつきまとっていた。

孤独は気楽だ。
でも淋しい…心にいつも風が吹いている。
常に自分1人で頑張っていた私は、トンネルの中で倒れて、周りに支えられた。
『そんなに頑張らなくてもいいんだよ。もう休みなさい…』
そう言われた気がした。
ぐったりした身体で病院に行った私は、よく眠れる薬(抗精神病薬)を処方されて、休養期間に突入した。
その時はまだトンネルの出口は見えていなかった。
やっと遠くにかすかな光が見えただけで、私はそのまま深い眠りについてしまった。

トンネルの出口はそう簡単に見つけられない。
出口を見つけるためには、自分から少しずつでも動かなくてはならない。
私はトンネルの出口を求めて、高校3年間はひたすら「自分はどう生きたら良いのか」悩み続けた。
同じ高校の友達は、「どのように生きるか」なんて、そうそう考えなかっただろう。
私は早熟だったのだろうか…いや、そうでもない。
「どのように生きるか」を真剣に考える人もいれば、そんなことを考えなくったって幸せに生きていける人もいる。
多分、私と周りの人では人間のタイプが違うんだろう…そう思うことにした。
人間がいくつかのタイプに分類できるのかどうかは分からないが、少なくとも私は周りのみんなとは違う…それが分かっただけでも大きな収穫だった。

今、私はやっと長いトンネルを抜けようとしている。
暗くて出口へ辿り着けるかどうか分からなくて、不安で仕方なかった毎日がもうすぐ終わる。
トンネルの出口へ辿り着くことは一つのゴールであるが、それと同時に次の世界へのスタートを切ることになる。
これからは私は自由だ。
色んな意味で自由だ。
好きなことをしよう。
今まで自分の中で温めてきたことに、一つ一つ挑戦していこう。
どこまで出来るか…これからは自分への挑戦だ。


学校生活
学校生活があと少しで終わる。
なんだかあっという間だった、3年間!
高校を卒業したのが、つい最近のようにも思えてしまう。
それだけ日々充実していたという事だろうか…

看護学校の3年間は、楽しいこともたくさんあったが、体力的・精神的に非常に辛かった。
まず勉強が難しかった。
私は高校時代は園芸科で、ほとんどテスト勉強に必死に取り組んだ覚えがない。
それくらいのんびりしていて、自由にやりたいことができる高校だったのだ。
委員会、部活、国際交流、実習、課題研究、ボランティアなど‥色んなことに取り組んだ。
高校は社会勉強をした3年間だったと言えよう。
だから看護学校での勉強には苦労した。
暗記、暗記、暗記…試験を落とすたびに再試験料金を徴収される。
かなりプレッシャーだった。
進級できるかどうかも不安で、学校生活中心で3年間やってきた。
いっぱいいっぱいだった。
でもなんとかここまで来れた。
自分の病気の事は、学校の誰にも言っていない。
途中で言う機会が出来るかな…と始めは思っていたのだが、結局誰にも話す機会がなかった。
というよりも、私が話そうとしなかった。
誰かが積極的に聞いてきたら、別に隠すつもりはないが、何も自分から話す必要もないだろう…と思ったのだ。
だから実習中、記録に追われて睡眠時間が削られた時に、脳の機能が十分に働かなくなって非常に辛かった時も、1人で耐えた。
辛かった…でも病気だから辛いんじゃない。
みんなそれぞれ言わないだけで、それぞれ辛さがあるのだろう。
そう思って、自分がやれる所までやってみよう…そういう気持ちで頑張った。
もし途中で再発してしまったら、その時は医療のお世話になればいい…その時はその時だ!と思って前向きに進んできた。
やっと実習を乗り越えて、後は今週末に国家試験を受けるだけになった。
本当に嬉しい。

3月には卒業式を迎える。
どんな気持ちになるだろうか…
両親、先生方、友人、患者様…みんなのおかげで、ここまで来れた事に、すごく感謝しています。

好きな人
好きな人がいます。
大好きです。
でもあなただけが私のすべてじゃない。
あくまでもあなたは私と関わっている生活の一部です。

私はたくさんの自分の世界をもっている。
あなたに私の100%を知ってもらいたいとは思わない。
あなたの知らない私があってもいい。
私の知らないあなたがあってもいい。
お互いに少しずつ交流できればいい。

好きな人が夢を追いかけているのであれば、私はそれを応援してあげたい。
逆に好きな人には、私の夢を応援してもらいたい。
お互いに多少の妥協があっても、お互いやりたいことを実現できる生活を送りたい。

あなたにとって、私は重いですか?
私は重い自分になるのを避けたいです。

―昔、こんなことがありました。
私は相手のことが好きで、軽い気持ちで彼とは付き合っていました。
しかし私にとって彼は段々重い存在になり、それ以上の関係を求められた時に、はっきりと断ってしまいました。
要するに彼と私の間に、気持ちのギャップがあったわけです。
彼はLOVEと言う。
私はLIKEと応える。
彼はLIKEでは不満だが、私だって彼に対してLOVEの感情は持てない。
こんな時どうすればいいのか、正直分からなかった。
私が16歳の時、彼は9歳年上の人だった。
恋愛…私はこれからの人、彼は今の人。
気持ちのギャップがあっても仕方ない。
それで私は正直に「私はこれ以上あなたと付き合っても結婚する気はないから、友達になってくれない?」と答えてしまったのだ。
今思えば、相手を傷つける最低の断り方だったと思う。
でもあの時の私には、あれでも精一杯、相手に対して思いやりを込めた断り方だったのだ。 
結果は突然連絡が途絶え、彼は自殺未遂をした。
数ヵ月後に彼は突然連絡をくれた。
「実は薬をまとめて飲んだんだ。でも死ねなかった…」と。
悲しかった。
彼にとって私はそんなに大きな存在だったということを、私は全く気付いていなかった。
「バカだなぁ、そんな量じゃ人間は死ねないよ。薬をどんぶり山盛り一杯飲んだって死ねやしないよ。でも何で死のうと思ったの?」
「家のこととか色々あって…」
彼は決して私のせいだとは言わなかったが、何となく私が悪いことをしてしまった…と思った。
その罪悪感は私の中から消えることはなかった。

それから私はずっと、(男とはもう付き合うまい)と思って生きてきた。
自分が他人に与える影響を、その頃から強く意識するようになった。

私が好きになった人、今度はLIKEなのだろうか、それともLOVEなのだろうか。
日本語で言ってしまえば『大好き』で間違いはない。
でもLOVEという感情が自分の中にあるのかどうかは、正直分からない。
青い長靴
今日は青い長靴を履いて、図書館へ行った。
雨の日に長靴を履くことは、大変機能的でよろしい。
青い長靴を履くと、何だか気分がこどもになる。
水たまりの中にもビチャビチャ平気で入っていける。
雨の日は少し大きめの傘をさして、温かいお茶でも持って散歩に出掛けよう。
長靴を履けば、歩くのが楽しくなる。
最近の大人はほとんど長靴を履かないようだが、長靴は一つあれば長持ちするし、足が濡れて冷たくなることもないし、素晴らしい靴である。
ぜひ長靴を履いて、雨の日の散歩を楽しもう。
今日は図書館からの帰り道、3~4cmもあるカタツムリに出会った。
この季節、カタツムリは一体何を食べて生き延びているのだろうか?
カタツムリと言うと、アジサイの葉っぱを食べるイメージがあるのだが、今の時期はアジサイは葉っぱを1枚もつけていない。
きっとお腹をすかしているカタツムリではないか…と思った。
カタツムリに別れを告げて、私は家に戻った。
この前畑仕事をしてドロだらけだった長靴が、雨で洗い流されて、青くてピカピカの長靴に変わっていた。

考える自由
空想は楽しい。
でも自生思考は辛い。
この2つは何が違うかと言うと…

空想は自分の好きなことを自由にイメージすることである。
例えば好きな人のこと、好きなペットのこと、好きな学校生活のことなど…何でも自由自在にイメージを膨らませられる。
つまり空想とは自分の意志で思いをめぐらせることであろう。

でも自生思考は違う。
次から次へとどうでもいいような事や、何も今考えなくてもいいようなことが湧き上がってくる。考えるのを止めたい…と思っても、それは自分の意志では中々止められない。

自生思考は「考える・思いめぐらす・イメージする」といった点では空想と似ているのだが、私へ及ぼす影響を考えると、正反対なのである。
なぜならば空想することは楽しくて幸せなことであるが、自生思考は次から次へと考えが湧き出てくるので、頭の中が自分の意志とは関係なしにいっぱいになってしまう。
つまらないことで頭がいっぱいになってしまうのは、疲れてしまうし、非常に辛い。

空想は行き過ぎると妄想になる。
空想は正常だが、妄想は異常。
自生思考は正常な人でもあるのかどうか分からないが、統合失調症の症状を表す一つの言葉なので、きっと異常なのだろう。

私は現在、空想と自生思考はよくあるが、妄想はない(と思う)。
時々、自生思考で頭の中がいっぱいになりどうしようもなくなる時もあるけれど、そんな時は過激にジョギングをして風呂に入って眠ってしまうか、缶チューハイでも飲んですぐに寝てしまう。
しっかり眠って、目が覚めた時には、とりあえず自生思考は影をひそめている。
そんな風にして、私は自分の症状と薬なしで現在は付き合っている。

統合失調症…それは普通の人よりも多くのことを一度に考えようとした為に、脳と心が疲れきってしまった病気ではないか…と、私は解釈している。
私は考える自由を普通の人よりも多く持っているのだと思う。
普通に生活していて、周りが考えつかないようなことをサラリと思いついて発言したり実行してしまう。
考えることはもちろん良いことだとは思うが、考え過ぎることは時に良くない結果を招く。
特にこの病気の私は、考えすぎて疲れきってしまうことがあるので、気をつけねばならない。
時には周りの流れに身を任せて考えることをお休みし、のんびり行くことも大切かなぁ~と最近になって思うようになってきた。

生き方
私たちのように一度精神を病んでしまった人は、社会的弱者という存在になってしまうしかないのだろうか…。
私はもっとふつうに社会に出て、自分から言わない限り「この人が統合失調症だったの?本当に?」と疑われてしまう程、元気に馴染んで社会生活を送ってみたい。

私たち当事者は、この病気をどう捉えて、どう生きていったら良いのか?
難しい…イヤ、でも難しく考えなくったって良いのではないか?
自分のやりたいことをやればいいのだ。
私は偶然、精神病院の中身を知ってしまい、「こんなんじゃダメだ!本当の精神医療はもっと違うはずだ!!」と思って、看護師を目指している。
だから将来は私は精神科看護をやりたい。
でもきっと体力のあるうちは、いつまでも病院で働きつづけることが出来るだろうから、それはもう少し先に取って置こう。
私はもう一つやってみたい仕事がある。
それは養護教諭(保健室の先生)だ。
これは就職先を考えると、若いうちにしか挑戦できない事だ。

私は中学生の時、保健室の先生の早期発見のおかげで、早期受診につなげられた。
すごくありがたいことだと思っている。
しかし私は中学まで、まともに保健教育を受けてきた記憶がない。
保健だよりなどで身体の健康や病気の情報は得てきたが、心や精神の健康については全く教わった記憶がない。
でも本当はそれじゃ、ダメだと思う。
だから私が養護教諭になったら、心も身体と同等に重視し、疲労している時は心も身体も休む必要があるのだということを、もっと教えていってあげたい。

私自身、病気になる前はいつも手を抜かず、常にがんばってしまう子だった。
そういう子供ほど、休むのが下手で、どこかで一気に休む必要が出てきてしまう。
休息はまとめてとるよりも、小刻みにとった方が効率がいいと思う。
だから、がんばる子を育てる教育ではなく、状況に応じて上手く休むための方法を教える教育も大切なのだろう。
私が養護教諭になれたら、心の健康をキーワードに研究とか自分なりの目標を持ってやっていきたい。

やっと私の夢・生き方がまとまってきた。
漠然と思い描いていても、自分の夢をいざ文章にするとなると、意外と難しい。
でも考えて整理していく程に、自分の将来像がクリアになってくる。
がんばろう♪

山羊との出会い
今日は山羊に出会った。
眼鏡屋さんに行った帰り道、いつもと違った道を通ってみたら、「メエェェェェェ~」としゃがれた声がする。
ふと振り向いて声の方を見たら、なんと白ヤギさんが3匹もいるではないか!
空き地を突っ切って、ヤギの方へ近づいていった。
向こうも興味深々で、柵から身体を乗り出して私の方を見ている。
近づいて手を差し出したら、口元でベロンと舐められた。
すごくかわいい☆っと思っていたら、マフラーを加えられて、服にドロの足跡をつけられてしまった^^
何だか人懐こいヤギ達であった。
きっと飼い主にたくさんかわいがって貰えているのだろう。
カラフルな首輪をそれぞれつけていたから…
またそのうち同じ道を通って、白ヤギさん達に会ってきたいな♪

体重
私は体重にはあまりこだわっていない。
時々体重計にのってはみるものの、「あ、やっぱりこのくらいかぁ…」と思うくらいで、大して気にすることはない。
しかし昔は違かった。

私は中学1年の時に、初めて50㎏を超えた。
その当時、50㎏の壁を超えてしまった時はけっこうショックだった。
でも運動部で激しく動くと、それなりにお腹も空いてしまい、食欲を押さえるのが難しかったのだ。
その50㎏の壁を超えると、もうそんなに体重にこだわることはなくなり、自然に任せるようになった。

中学3年で病気をして、入院。
入院中の食事量が少なくて、「これしか食べられないのか…」とごはんの量の少なさにビックリした。
いかに自分が今まで大量の食事を食べていたかが、始めて分かった。

3ヶ月で退院し、自宅に戻った私。
両親とも働いているので、家にひとりでいると何もする事がなくて、ついつい食べることにはしってしまう。
常に何かをつまんでいないと、落ち着かないのだ。
ある時はついつい食べ過ぎて、気持ち悪くなってしまい吐いてしまう事も何度かあった。
今思えば、やることがない淋しさを食べることで紛らわしていたのだと思う。
体重はあっという間に増えた。
キッチリ10㎏増えて、とうとう60㎏の壁を超えてしまった。
持っていた洋服のサイズがどんどん合わなくなり、仕方なくウエストが総ゴムの服を選んで購入した。
身体が思うように動かず、どんどん肥えていく自分が悲しかった。

そして1年遅れで高校生になった。
待ち望んでいた高校生活、すべてが楽しみだった^^
寮生活で質より量…といった感じの食事を3食、食べ続けた。
(高校1年の半ばまで、抗精神病薬のお世話になっていた。)
運動部に入り、毎日心地よい汗を流した。
徐々に体重が減っていった。
やっと60㎏の壁を楽に切った。

高校3年生、進学の為の受験のストレスなどで、少々やつれた。
そして無事に専門学校に進学できた。
専門学校生活はかなりキツくて、大分体重が落ちた。
今は中学生の時と大体同じ体重だ。
今この体重で、身体が楽に動かせるし、服のサイズもそんなに変動なく着れているので、何も問題はない。

「体重」…それは私にとって、見た目の問題ではなく、自分が思うように動かせる身体かどうか?そして自分の持っている服をずっと着られるかどうか?が大切な問題だ。
今は体重の数値にはこだわっていない。


ミミズハウス
「ミミズハウス」が家の畑にある。
ミミズハウスはとっても素晴らしい。
ミミズハウスとは「コンポスト」と呼ばれる生ゴミ処理装置のことである。
構造は至って簡単なつくりで、大きなバケツをひっくり返したような安定性のある形の容器で、土に埋め込んで使われる。
上には蓋がついていて、生ゴミを毎日そこに捨てていけばよい。
とっても簡単だ。
そのコンポストには初めからミミズが住んでいたわけではない。
昨年、私が畑でミミズを見つけるたびに、ミミズをコンポストの中に投入していたのである。
ミミズは栄養分(生ゴミ)と水があればどんどん増える。
生ゴミが分解される時に、熱が発生する。
その熱のおかげで、この寒い冬でもミミズがどんどん増えていく。
こうして家のコンポストは、とっても素晴らしいミミズハウスへと変化した。
ミミズは何の役に立つか?
知らない人も多いかもしれないが、ミミズは畑の土を良いものに変えてくれる。
昔からミミズがいる土はいい土だ、と言われている。

今日はそのミミズハウスの中身を畑に埋めた。
なるべく大きな穴を掘って、スコップで分解されつつある生ゴミを運んで入れる。
かなりの重労働だった。
アスパラガスの株のそばにミミズと生ゴミを埋めたので、今年もさぞかしおいしいアスパラガスが収穫できることでしょう^^
自然の恵みに感謝♪
ウォーキング
 私は歩くのが好きだ。昨日は駅から自宅まで1時間半くらい歩き続けた。今日は学校の行き帰りに20分くらいずつ歩いた。
 私は歩きながら色んな事を考える。どうでもいいようなとりとめのないことから、ワクワクするようことを想像をしながら歩きつづける。
 この寒い時期に外を歩いていると、気分がシャっきりしてくる。心地よい冷たさが気分を爽快にする。歩き終えた時のちょうど良い疲労感が何とも言えない。
 歩き疲れた日には夜、ぐっすり眠ることができる。湯たんぽでほんのり温められた布団に入った瞬間、あぁ~今日もよい一日だった☆と幸せを感じられる。
 人間には足がある。自分のため、地球のため、車なんて使わずにどんどん歩きましょう♪
部屋の片付け
 昨日の夜から、部屋の片づけをはじめた。
 私の部屋は、モノで溢れている。看護学生は教科書がいっぱい…勉強していると、どんどん部屋の中が散らかっていく。布団は基本的に毎日干しているのだが、いつもいつも布団をどういう向きで敷こうか…と思うほど部屋の中がモノで溢れている。あまりにも散らかりすぎているのを、父親に注意されて、仕方なく部屋を片付け始めた。
 私はモノを捨てられない性質だ。郵便物の封筒でさえ、後で草花の種を入れるのにちょうどいい…としまいこんでしまうし、お菓子の箱もかわいいデザインだ…と思うと、それもとって置いてしまう。使い道などこれ言ってないのにっ>< 本当にモノを捨てられないのだ。でもそれだと部屋がどうしても片付かないので、とっておいても1年間全く使わなかったガラクタは諦めて処分することに決めた。それで大分部屋がスッキリしてきたが、それでもまだまだモノが多い。
 そもそも私は何でモノを捨てられないのだろう…性格なのだろうか?私の父は何でもモノを惜しげもなく捨てる人である。モノにはそれだけ一緒に過ごした思い出が詰まっている。だから私には、モノを簡単に捨てることができない。父が何でもすぐゴミ箱にぐちゃぐちゃっとモノをねじ込むのを見ていると、少なからず心が痛む。「ああ、これはまだ裏が使える紙なのに…。これはリサイクルできるモノなのに…。」と次々に言いたいことが出てくる。でも父に「そんなんだから片付かないんだ」と言われると、どうしようもない。
 2005年、今年は片付け上手の人間を目指すゾ♪
理想の自分
2月11日(金)のしゃべり場では、川本さんがどういう自分になりたいか…を力説していた。そこで私も現在の自分と理想の自分を考えてみたいと思う。

私という人間は
 ①思ったことをすぐ口にしたり、表情に出してしまう。
 ②自分中心に物事をまず考えるので、単刀直入に話を切り出すことが多い。回りくどい言い方が嫌い。
 ③上手に嘘をつけない。
 ④冗談が通じないことが多い。
 ⑤周りがどう言おうと自分の事は自分で決める、頑固者!
したがって、どちらかというと私はリラックスしていて常に周りの人の方が私よりも気を遣っているのではないかと思う。

私は時々、ある人のそばにいるとホッとすることがある。そういう他人の事をホッとさせてあげられるような存在に、私はなりたい。

そのために今の私に必要なことは、
 ①多くの人との出会いを大切にし、色んな世界があることを知る。
 ②自分という存在はとても小さなもので、大した事はできないけれど、ひとりひとりの生き方に真剣に向き合う。
 ③ありのままの自分を知ってもらえるよう、自分の世界をOPENにしておく。
 ④自分が相手の事を好きになる。
などではないかなぁ…と考えている。

人をホッとさせることができる…これは特技の一つではないかと思うくらい、ステキなことだと思う。
 
  ホッとする(信頼、休息)⇔緊張する(努力、疲労)

生きていれば、緊張する場面にもたくさん遭遇するだろう。努力し続けるためには、周囲が自分を信頼してくれていることが大切だ。また緊張して疲労を感じた時に休息できるよう、ホッとできる場所、時間、相手が必要となってくる。

私は将来、職業としては養護教諭(保健室の先生)か精神科看護師を目指している。これらはどちらも相手のことをホッとさせることができないと難しい仕事だと思う。日常生活での疲労を溢れるほどためてきた相手に対して、ホッとできる空間を提供できる人でありたいと考えている。 
手作り菓子 2
図書館で美味しそうなお菓子の本を借りてきた。
それを読んでいたら食べたくなり、作ることにした。
「みうたさんの 野菜たっぷりおやつ」という本の、ヘルシーにんじんクッキーに挑戦した。
(材料)
すりおろしたにんじん 約60g
薄力粉 200g
重曹 小さじ1/5
オリーブオイル(サラダ油で代用可) 大さじ2
ハチミツ 大さじ2
塩 ひとつまみ
レモン汁 小さじ2

(作り方)
①薄力粉と重曹は合わせてふるっておく。
②薄力粉と重曹以外のすべての材料をボウルに入れ、混ぜ合わせたところに①を加え、粉気がなくなるまで木べらでよく混ぜて一つにまとめる。
③めん棒で厚さ2~3mmにのばし、好みのクッキー型で抜く。
④鉄板に並べて、オーブン180℃、約10~12分焼く。
*水分が足りずにまとまりにくい時は、すりおろしたにんじんを加える。
*私の家のオーブンの場合は、190℃で10分、そして180℃で2~3分焼くとちょうど良かった!

カリカリになるまで焼くと、クッキーというよりもハードビスケットという感じ。ほんのり甘くて、にんじんのきれいな色も見えて、すてきなお菓子に出来上がりました^^
野菜たっぷりのおやつ…健康にも良さそうで、いい感じです♪
にんじんが好きな人は、どうぞお試しあれ!
冬の田んぼ
今日は夕方、散歩をしてきた。
自宅から15分も歩けば、水田や畑がたくさんある。
今日は何となく冬の田んぼの間を歩いてきた。
土が一度霜柱で浮き上がったためか、ふわふわしていた。
草はほとんど枯れていて、所々にブタクサががんばっている。
ここら一帯は、冬は田んぼの水が抜かれている。
カラカラに乾いているわけではないが、少し湿っている程度で、大雨でも降らない限り水はたまらない。
昔は田んぼの水は、稲刈りが終わった後も入れっぱなしにしていた…というのを聞いたことがある。
水を入れたままにすると、微生物や水辺の生き物が生きていられるので、土に栄養分が溜まるそうだ。
それに餌になる生き物の多い田んぼを目当てにして、野鳥も集まってくるらしい。
農業は町の景観を作ってくれる大切な産業だ。
田んぼに水を張ったままにする事のメリットの方が大きいのならば、ぜひウチの町の農家にもやってもらいたいのだが…


手作り菓子
私は滅多に自分で料理をしない。
もちろんお菓子作りもしない。
でも昨日は友人がクッキーとパウンドケーキを作りたいというので、家に来て一緒に作った。
姉が上手なので、姉に指導を受けならが作った。
クッキーは安いものがたくさん店に出回っているけれど、手作り風でちょっと洒落たものだと、少ししか入っていないのにけっこう値段がはる。
だから自分で作ると、材料費と手間がかるだけだから、とっても得した気がしてしまう。
そして、ついつい食べ過ぎてしまう^^
今回作ったのはアーモンドを刻んで、生地に混ぜ込んだ丸いクッキー。
口の中に入れると、サクッととろけるような滑らかさ…
でもアーモンドを荒く刻みすぎたので、ナッツがかなり歯に詰まる食べ物となってしまった。。
パウンドケーキはキャラメルクリームを混ぜ込んで作るので、ほろ苦い感じがとても美味しかった。
キャラメルソースは砂糖と水を鍋に入れて煮詰めるだけ。
キャラメルクリームはそれに生クリームを混ぜる。
どちらも手軽でとてもおいしぃ☆
残ったキャラメルクリームは、ビンに入れて、後でトーストにつけて食べたりすると、とてもおいしぃ♪
お菓子作りは甘い香りがして、とても幸せな気分に浸れる。
これからも、たまにはお菓子作りしていきたい^^



睡眠欲
 私は眠るのが大好きである。
でも毎日、眠ってばかりもいられないので、必要なことは済ませてあとは大丈夫…という状態になったら、毎晩眠りにつくようにしている。
 最近、昼寝はしていない。
だから夜、ぐっすり眠れる。
家には夜遊びをする猫がいて、自分で窓を開けられない為、必ず夜中起こされるのだが、それでもまた布団に戻ればすぐに眠りにつける。
それはとても望ましいことだと思う。
 しかし私は朝、なかなか早起きができない。
もちろん用事があれば、目覚ましをかけて、それにあわせてきちんと起きることが可能だ。
ところが特にこれといって用事がないと、ダラダラとお昼近くまで眠っていることがある。
私は眠ることが大好きなのだ。
最近見たい夢が見れるようになった。
昔は恐い夢ばかりで、自分からあえて夢をみたいとも思わなかった。
しかし普通に起きていてもやることがなくて暇だから、眠ることが多かった。
 しかし今は違う。
起きればやることがそれなりにあるのだけれども、あえて楽しい夢を見るために、眠りたいのだ。
こういうのを睡眠欲と言うのだろうか?

 話は逸れるが、私は精神科の薬を飲んでいたとき、起立性低血圧がひどかった。
いわゆる立ちくらみってヤツだ。
私は2階の部屋に布団を敷いて寝ているのだが、下に降りようとした時、階段の上から下まで一気に転がり落ちたことがある。
それは寝ている状態から急に立ち上がったため、目の前が真っ暗になり、足を踏み外してしまったのである。
バカみたいな話だが、その転がり落ちていく瞬間は死ぬかと思うほど痛かった><
すぐに病院に連れて行ってもらって検査したが、幸いかすり傷で済んだ。
今でもその時のキズが顔に残っている。
たかが立ちくらみ、されど立ちくらみ、本当に危ないので気をつけた方がいいと思う。
この立ちくらみは、ゆっくり立ち上がる、一度座ってから立ち上がるなどすれば予防できることなので、自分に当てはまる…と思う人は気をつけてみて欲しい。


幸せな2人
 昨日は姉とその夫が家へ遊びに来た。
姉は3月に出産予定なので、腹がまんまるでとってもステキだ。
2人が一緒にいると、とても幸せそう…
隣にいると、こちらにまで幸せ感が伝わってくる。
不思議なものだ。

 私は昔、将来は絶対に結婚しないし、子どもも産まない…と思っていた。
でもこうして身近な人が、結婚して、赤ちゃんができて、毎日幸せそうな姿を見ていると、「あぁ~、結婚もステキだな。私も赤ちゃん欲しいなぁ…」という気持ちが湧いてくる。

 でも私は相手がいないので、それはまだまだ先の事になりそうだが、幸せな二人を見ていると、いいなぁ…とつくづく思う。

見やすいページを探して・・・
ブログのテンプレートを替えてみた。
前のテンプレートは気に入っていたのだが、少し文字が小さくて読みづらかったのだ。
今度のは、文字が大きくなって、背景もスッキリまとまっていて、良い感じだ。
しばらくこれで楽しんでみるつもりだ。
住居探し
 今日はアパート探しをした。
別に今日でなくても良かったのだが、次々とクラスメートがアパートを決めていく話を聞いて、「よしっ!私も早速探しに行ってこよう☆」と思い立った。
 まず自宅に近い不動産屋から順番にあたってみた。
始めのY不動産は、丁寧なおじさまで私の希望を伝えたら、2つほど物件を紹介してくれた。
途中でお茶もご馳走になって、不動産業の裏話なんかも聞かせていただいて、社会勉強になった気がする。
 次にあたったのはT不動産。
そこは私が入って行くと、「お1人ですか?」と聞かれ、なんかあまり歓迎されていないような印象を受けた。
でもせっかくなので、希望を伝えて、2つ物件を紹介していただき、現地も実際に見せていただいた。
まあまあの部屋だなぁ…と思ったが、やはり6畳一間で4万1千円はちょっと高い気がした。
それに店員の対応が私好みではなかったので、そこにはお世話になりたいとは思わなかった。
 その次はC不動産に行った。
そこで店番をしていたのは、ずいぶん高齢の男性で、失礼ながら「この人で本当に大丈夫かしら???」と少々心配になってしまった。
しかしかえって、ゆっくりと相談でき、こちらの希望に沿った私が一目ぼれするような物件を紹介してくれた。
実際のアパートも見学に連れて行っていただき、大家さんにも会うことができた。
中々親切で、すばらしい不動産であった。
(後で分かったのだが、そのおじいさまは社長であった!失礼しましたっ><)

 今日は自分の希望に沿ったすばらしいアパートに出会うことが出来、大満足である^^
明日は本店に行って、早速手続きをしてくるつもりだ。
受験勉強の合間に、一人暮らしの夢をみられる幸せな一日であり、大変充実していた。
 よし、これから勉強するぞ!!!
服装
 私は服装にはこだわらない人だ。
正確に言えば、ファッションには全く興味がなく、機能性を追求する人である。

 小学生の頃までは私はスカートはほとんどはかなかった。
なぜならば鉄棒をすると、パンツが見えてしまうから~^^
だからキュロットスカートをよくはいていた。
天気のいい日は外で一日中遊びまわっている子で、運動神経はまあまあ良かったと思う。
恥ずかしながら、小学3年生までは冬はスウェットパンツしか学校にはいていったことが無い。
今でも写真を見ると、いつも同じような服ばかり着ている自分がいる。

 最近私がよくはいているのが、ジャージとジーパンである。
雪国へ旅行に行った時は、ジャージの下にズボン下をはいていた^^
ババくさいけれど、暖かさには替えられませんから!!!
高校生の時は、平気でスカートの下にジャージをはいていた。
俗に言う「埴輪スタイル」である。
雨の日は青い長靴を履いて学校に行く。
冬は狩人が被っていそうな帽子を被る。
今日も電車に乗っていて、その古めかしい帽子を被っていたら、何となく周りの人の視線が必ず1回くらいは私のほうに向くのを感じてしまった。
自分では機能性を追求した、防寒の服装をしているのだが、他人から見たら、どうやら雪山の中から出てきたような格好に見えるらしい。
よく家族にも笑われる。
でも気にしない。
だって寒くて風邪引いたら大変ですから~一応、受験生ですし…
ってな感じで、私は服装には無頓着である。
お金もかからないし、楽で、マイペースでいられて、不自由をしていない。

 でもでもでも、最近のちょっとした悩みは、「卒業式の日、何を着ようか…」ということです。
お金をかける人は袴や振袖を着るのですが、私はそんなものは着たくないし…わがままですが、窮屈な服は大嫌いです><
はぁ、、、どうしよう。悩み中です!
分かりやすい文章
 私は文章を書くのが好きである。
私が文章を書くときに心掛けていることは、「分かりやすく書く」という事である。
 文章を書く…という行為には、色んな意味があると思う。
例えば、自分の考えていることを文章にすることで、思考回路を整理することができる。
私は様々なことを考える人間であると自分で思っている。
他の人が普通は考えないようなことまで、飽きずに考え続けてしまう。
ずっと考えていると、次第に頭の中がいっぱいになって、重くてどんよりした気分になっててしまう。
だから私は多くの文章を書くことで、自分の頭の中を軽くしているのである。
 他には文章を書くという行為は、自分の気持ちや考えていることを相手に伝える手段のひとつであると思う。
私は他人に理解してもらいたい、誤解されたくない…という気持ちが強いため、常に分かりやすい人間でありたいと考えている。
そのためには自分が裏表のない、分かりやすい態度をとる事、そして分かりやすい話をしたり、分かりやすい文章を書くことを心掛けている。
例えば人間関係で、「本人の前では仲良くしていて、陰で悪口を言ったりする…」そういった事は、絶対に私はしない。
なぜならば、そんなことをしていたら、何が本当で何が嘘の気持ちなのか分からなくなってしまうじゃないか。
そうは言っても、大人の世界に裏表は付き物なのかもしれないが、少なくとも私は裏の世界を持ちたいとは思わない。
 また文章を書くという行為は、後でその文章を読み返すことで、自分を客観的に振り返る手段にもなる。
私は多くの文章を今までに書き綴ってきた。
昔の文章を読み返すと、あの当時、私はどれだけ多くの事を考えていたのか…を、はっきりと思い出すことができる。
自分の古い記憶・思考過程・感情を振り返るのは、けっこう楽しい。
 これからも多くの分かりやすい文章を書き続けていきたい。


国会中継を見て思ったこと
 今日は午前中、家でテレビを見ていた。
ちょうど国会中継がやっていたので、つい見入ってしまった。
ここ数日、新聞やメディアで「小泉さんは質疑応答に誠意的に答えていない。議論がかみ合っていない。」などと言われていた。
果たして本当にそうなのだろうか?

 国会答弁を見ていて、私は思った。
小泉さんは自分の意見を簡潔に分かりやすく説明しようと努力している。
そして人間味があって、とても頑張っている。
それなのに周りの人たちは、回りくどい言い回しでネチネチ質問攻めにして、小泉さんのあら探しをしているようにに見えた。

 国会はもちろん活発に意見交換をする場であってほしいと思う。
だけど今日の国会を見ていて、正直、あれはやりすぎだ…と思った。
きっと小泉さんも疲れている日があるんじゃないか?
だって私たちと同じ人間なんだから。
総理大臣はスーパーマンでも神様でもない。
ただの人間だ。
同じ人間として、もう少しやさしくなれないものか…と思う。
誰だって体調のすぐれない時に、あんなに刺々しい質問攻めにされたら、嫌気がさして簡潔に答えて終わらせたくなる事だってあるだろう。

 今日の小泉さんの答弁で、非常に面白いことがあった。
「小泉さんは郵政改革を全面に打ち出しているが、教育改革をなぜ前面に出さないのか?教育改革と郵政改革、どっちが大切と考えているんだ?」というような質問をした議員がいた。
私はそれにどう答えるのだろう…と、ワクワクしながら見ていた。
そしたら小泉さんが「もちろん教育改革が一番大切だ。(中略)福祉や教育の改革は、私がやらなくても他の人がやってくれる。だけど郵政改革は他の人が総理大臣になったら絶対にやらない。今まで郵政改革はタブー視されてきた分野だから、私がやらない限り誰も手をつけない分野なんだ。私はあとどれだけ総理大臣ができるか分からないが、この郵政改革は私がやらないとどうにもならない問題なんだ。」というような内容を答えた。
なるほど!分かりやすい。
郵政改革がなぜ必要なのか、今まで私は大して気にも留めずに来たが、なぜそうまでして小泉さんが郵政改革にこだわるのかが分かったような気がした。

 私もいつか小泉さんのような答弁ができる人になりたい。
「あなたはどうしてこの仕事を選んだのですか?あなたにしかできない仕事は何ですか?」と問われた時に、はっきりと答えることができる人になりたい。
自分にしかできない仕事、自分がやるべき仕事…それを追い求めて、日々成長しつづけたいと思っている。


過去を振り返るということ
 人それぞれ感じ方は色々だと思うが、私は過去を振り返るのが好きである。
私の過去にはもちろん辛かった経験もあるが、それ以上に楽しかった思い出がたくさん詰まっているからだ。
昨夜は久しぶりに手紙の整理をした。
私は手紙をよく書く人なので、当然返事もたくさん届く。
手紙は私にとって、その時その時を映し出す鏡のようなものであるから、捨てずに全てとっておいてある。
もらった手紙は、使用済み切手の部分は切り取ってから、差出人ごとにひとまとめにして、袋に入れた。
この作業をしながら、私は昔の手紙を開けて読み、しばらく過去の世界に浸っていた。
昔、手紙をもらった時には気付かなくても、今読み返すと、相手が何を私に伝えたかったのかがとてもよく分かることがある。
それだけ私が成長した…ということだろうか。

 過去を振り返ると、調子が悪くなる…という人もいるかもしれない。
私も昔はそうだった。
過去を振り返る時には、必ず過去の体験には感情が伴ってよみがえって来る。
その辛い・悲しい・嬉しい・悔しい…といった感情を再び思い出すことは、かなり脳のエネルギーを使うことになると思う。
でも私はあえて、時々過去を振り返ってみる。
もちろん過去を振り返るのは、それだけの心の余裕があるときに限られてしまうが。

 過去を振り返ることは、心を整理することにつながるんだと思う。
過ぎてしまった過去は、変えることは出来ない。
だけど、過去を振り返ることで、「あぁ、私はずいぶん成長したんだな~」と実感することができる。
もちろん過去を振り返っていて、顔から火が出るほど恥ずかしい部分もあるが、まぁ、それはそれで仕方ないと思っている。
だってもう過ぎてしまったことなのだから。
要は過去を振り返ることで、その事がどれだけ自分のプラスになるか…ということが大切ポイントだ。
私の場合は、時々過去をしみじみ振り返ることで、自分の成長した部分を実感したり、懐かしい気分を味わったり、自分の悪かった所を反省してみたり…と色々ある。

 「過去を振り返ること」コレは私の楽しみのひとつである。

ひとり暮らしに向けて
今日は散歩をしてきました。
メモを片手に、よさそうなアパートをチェックしながら歩きました。
私の選ぶ基準…
 まずは日当たりの良いところ。お布団は絶対に天日で干したいから!
 そして大通りから少し離れているところ。窓を開けたら、車の排気ガスにまみれてしまう…なんて嫌ですから!
 あとは職場から歩いて10~20分くらいのところ。自動車は乗らないので、自転車か歩きで通勤できるところにしなくては!
 ついでにアパートの周りに畑や森、公園などのゆったりとしたスペースがあるのが望ましい!
 
以上の観点で、数箇所をチェックしてきました。
そのうち不動産屋に問い合わせて、ぼちぼち一人暮らしへ向けて、活動していきたいと思います^^
初めての一人暮らし…すごく楽しみです。
2月27日の国家試験が終わったら、即刻引越しの準備をして、3月からはニューライフを楽しむつもり~♪
うふふふふっ^^