私の感覚 2006年02月
私の感覚
35歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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忘れることの効能
以前から自分の中で温めていた統合失調症の理論を記述したいと思う。

人の脳にはある一定の情報記憶部屋がある。
人は生まれてから現在に至るまで、様々なことを体験し考えてきている。
それらの情報は、重要なものとあまり重要でないものに分類され、重要なものは鮮明に記憶し、そうでないものは忘れたり記憶を曖昧にしている。
普通の人はその重要なものとあまり重要でないものの分類がスムーズにでき、「忘れる」という機能を上手く利用して、脳の情報記憶部屋を整理している。
しかし統合失調症の人は、まず最初に重要なものとあまり重要でないものの区別がつきにくくなる。
自分の周りの物事が、全て自分と関係あるように感じてしまい、自分の周りにある情報が全て重要なもののように感じてしまう。
その結果、脳の情報記憶部屋に次々と記憶していかなければいけなくなり、ある一定のラインを超えると、脳の情報記憶部屋から情報が溢れ出してしまう。

私は統合失調症の急性期の時、次から次へと昔の事が思い出されてしまい、懐かしい気持や、もうあの頃へは戻れないんだという淋しさを感じ、頭の中が多くの古い情報で埋め尽くされてゴチャゴチャしていた。
それは私の理論で言うと、脳の情報記憶部屋で情報を記憶するスペースがいっぱいになってしまったために、部屋が故障して次から次へと情報が流出している状態と言えるだろう。
一度壊れた情報記憶部屋を修復するにはどうすべきか…
これは私にもまだ完全なる答えは見つかっていない。
ただ私が実践してきたことと言えば、常日頃から過去の記憶の中で残しておきたいものに関しては思い出すことをして、情報の引出しがいつでもスムーズに開け閉めできるように訓練しておくこと。
情報を古いままで眠らせたままにしておくと、いざ使おうと思ったときに引出しが開かなくて、あけた途端に情報がどさっと出てくることがあるかもしれない。

なんだかまとまらない文章になってしまったが、今日はこれくらいにしておこうと思う。

結婚式に向けて
今日も仕事が休みなので、メガネ屋さんに行ってきた。
結婚式にさすがにメガネというわけにはいかないと思ったので、コンタクトレンズを買うことにした。
両目の近視の度合いはほぼ同じで、乱視の度合いが左右違うので、店員さんも色々なレンズで試してくれた。
でも結局、毎日使い捨ての乱視入りのレンズは1種類しかないので、両目同じレンズにしてみたらどうでしょう…と言う話になった。
明日も行って、実際につけてみて、視力を測ってから正式に購入する予定だ。

今日は朝がゆっくりだった。
8時過ぎに起きて朝食をとって、また二度寝。
12時頃までぐっすり寝ていた。
昨夜は12時に就寝したので、合計12時間も寝ていたことになる。
寝すぎかな…でも、だって眠いんだもん。
今日の出来事は、献血に参加。
200ml献血をしてきた。
「何か薬をのんでいますか?」「病気で治療中ですか?」という項目で嘘ついてしまった。
イイのかな~?
でも本当の事を言うとめんどくさそうだし、お土産の品は欲しいですし…
どうなんだろう、ジプレキサ飲んでいても献血ができるのか知っている人がいたら教えて下さい♪
今日はNHKドラマ「チャングムの誓い」の日だ。
私が唯一見ているドラマで、毎回とても楽しみにしている。
今日も夜更かしするぞ~^^
人間性
仕事をしていて思うことがある。
老人介護向きの人とあまり向いていない人がいる。
職場のIさんはとても老人介護向きだと思う。
どんな時でも怒らず、マイペースで、認知症の人が何十回も同じことを聞いてきても優しく答えてくれる。
そしてさりげない気遣いも忘れない人だ。
同じ職場のKさんは私と同様あまり老人介護向きとは言えない人だ。
その時の気分によって、そっけない対応をしてしまったり、ついイライラしてしまい声を上げて怒ってしまうこともある。
言葉遣いもIさん程きちんとしていない。
この違いは何なんだろうと思う。
「やる気」だけの問題ではなく、その人の素質(人間性)の違いもあるんじゃないかと思った。
私は今の仕事を始めて2ヶ月が過ぎた。
自分があまり老人介護向きではないと悟ってから、日々の仕事が少し重くなってしまった。
一日の始まりが明るい気持になれないでいる。
このまま通信制大学へ入学すると同時に、今の仕事を辞めてしまおうかとも考えている。
私は学生時代あまり多くのバイトを経験していないので、看護とは違う分野の仕事を経験してみたいな…とも思う。
有料老人ホーム
施設に入所しているお年よりは、きっと淋しいだろうなぁと思う。
家族とのふれあいがないし、他入所者様との人間関係も難しいし、職員は職員であくまでも家族とは違うし…

私の親はなるべく施設には入れたくないなぁと思う。
旦那がどう思っているかは別として、私はいざと言う時が来たら、親と同居したいと思っている。
親が子供たちに愛情をかけて育ててくれたように、私も来るべき時が来たら恩返しをするのが当然のような気がする。

施設には家族がほとんど面会に来ない入所者もいる。
そういう人たちは家族と言うものをどう考えているのだろうか…と思う。
何だか言いたいことが上手くまとまらないけれど、とにかく家族の結びつきを大切にしたいなぁと感じている。
お久しぶりです
昨日は久しぶりに実家に帰ってきました。
私がインターネットを使えるのは実家に来た時だけなので、更新が中々出来ずにいるのが大変もどかしいです。
久しぶりに他の人のページを覗きに行ってみたら…遊水さん、泉さんのページがないっ>< いつの間に無くなってしまったのだろう。
リンクから外した方がイイのかしら…など考えてしまいました。
もし私の気まぐれブログを見ていたら、連絡ください。

さて、私は先日NHK番組の「ご近所の底力」で、農家の花嫁募集妙案について楽しませてもらいました。
私の昔の夢は「国際結婚」か「農家の花嫁」でした。
でもどちらも叶うことなく、今の旦那のお嫁さんになってしまいました。。
そのテレビを旦那と見た後、真剣に農業をやりたいと言う夢について延々と議論してしまいました。
それで結論は、「職業として農業を選ぶ勇気は今の所ない。それよりも子供を育てることが今の夢だ。」と旦那は話していた。
私は今の所、仕事か家でゴロゴロするだけの毎日で、張り合いのない日々を過ごしている。
何かこう胸を熱くする「夢」や「目標」が欲しいのだ。
先日読んだ本で、柳澤桂子氏はこのようなことを言っていた。
「全てが満たされている時には、生きがいは感じにくいものである」と。
確かに私は今、衣食住満たされているし、睡眠も十分すぎるくらい取れている。
満たされすぎた生活なのだ。
私は「生きがい」がどうこうの問題じゃなく、まず「満たされていること」に感謝しなくてはならないんだと気づかされた。
ただやはり私はまだ23歳、冒険をしてみたい年頃なのだ。
私は看護学校在学中から、本当にやりたいことは「精神看護」なのではなく「精神医療福祉」なのだと気付き始めていた。
だけど途中で進路変更するのはもったいないから、何とか最後まで頑張り通した。
学校を卒業して、「もうとりあえず勉強はいいや」と思っていたけれど、1年過ぎてみて、「やっぱりまだ学び残したことがある気がする。もう一度学生をしてみたい。」という気持ちにかられている。
旦那ともこれから要相談だが、私は通信制大学で精神保健福祉士の勉強をしてみようかと考えている。
それが今の私の変哲のない生活に、夢を与えてくれるような気がする。

最近心の冒険を求めて、読書にハマるようになってきた。
柳澤桂子氏、ははぎほうせい氏(すみません、漢字が難しいのです)、早坂真紀氏の本を読み漁っている。
次は遠藤周作氏の本を手にとってみようと思っている。
今は読書が手っ取り早い私の生活の潤いになっている。