私の感覚 2006年09月
私の感覚
34歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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変わった人
職場に入院している患者様の付き添いで、変わった人がいます。
何かにつけて、細かく注文をつけてきます。
病院の個室を、ホテルのように我が物として使用し、自分で持ってきたペーパーはほとんど使わずに、病院のペーパータオルばかり大量に使います。
夜中は隣の部屋の人に迷惑になるような音量でテレビを見て、患者(寝たきり老人)を寝かせません。
夜中に患者様を起こして、チョコレートやケーキなどを食べさせます。
自己中心的で、何でも自分の思い通りにならないといらいらして、とことんクレームを言ってきます。
「お母様~」と言って、患者様の手を握ってすごく心配したそぶりを見せますが、身の回りの世話は看護師に任せっきりです。
話をすると、どうでもいいようなことまでずるずると話し出し、中々結論を出してくれません。
とにかく一緒にいるだけで疲れる人です。

職場の看護師、医師、言語療法士、栄養士、全ての人から見て、変わった人で、対応が難しいと考えられています。
日本語は通じますが、正常なコミュニケーションをとるのが難しいです。
一体どういう育て方をしたら、あのような成人が出来上がるのか疑問です。
お金持ちのお嬢様らしいですが、ケチケチした部分もあります。

看護師たちで話していた時、あの人は何か精神科チックだよね~という話になりました。
躁うつ病?だけど常にハイだからうつは入っていないよねー
分裂病じゃない?そうだよ、きっと…
って話になり、「冗談じゃない、あんな人と私を一緒にしないでくれ」って心の中で思いました。
あとで医師カルテを見たら、「ヒステリー性格」とその人のことが表現されていて、なるほどなぁ~と思いました。
病院には色んな患者様・ご家族が来ます。
日々、人間関係の勉強です。

落ち込み・・・
職場でミスや注意されることが続いて、かなり落ち込んでいます。
旦那には愚痴るほどのことではなく、自分の中に溜め込んで悶々としています。
注意されるのって、ありがたいことだけれども、注意されるたびにどんどん小さくなってしまう…
何をやるにも自信が持てず、スタッフに声をかけづらくなってしまう。

報告、連絡、相談が大切なこの仕事、私はどれも苦手なのかもしれない。
でも「苦手だからできない」じゃ済まされない。
できるようにならなきゃデス。
明日、明後日と仕事です。
誰がリーダーでも、ちゃんと仕事をこなせるようになりたいです。

すぐれず・・・
今日は仕事が休みでした。
一日中ゴロゴロ布団に入って寝ていました。
夕方少し本屋に出かけたくらい。
こんな生活でいいのか?ってくらいダレています。
何だかやる気が湧いてきません。
テレビを見るのも、新聞を読むのも億劫に感じられます。
病気の症状なのか、単に疲れているのか、生理前だからか分かりませんが、とてもだるいです。
雨降りって嫌ですね…
私が看護師になったわけ
私は小さい頃から学校が大好きで、将来は学校の先生になりたいと思っていました。
それがどういうわけか、今は看護師をしています。
今日は私が看護師になった理由を書いてみたいと思います。

私は15歳(中学三年)の冬に統合失調症を発病。
古い病院、もちろん閉鎖病棟の保護室に入院することになったのですが、そこで受けた看護が凄まじく劣悪なものだったのです。
もちろん中には数名はいい人もいました。
だけど基本的に看護の質を疑わせる環境で、こんなんじゃ絶対に精神は癒されない…と思い、私だったらもっといい看護ができるんじゃないかと考えたわけです。
私は精神科医になって、統合失調症の薬の効能と処方のあり方について、研究したい気持ちもありました。
しかし私には医学部に入るだけの学力と経済的余裕がなく、患者にとって最も身近にいる看護師になろうと考えました。
当時は精神保健福祉士(ソーシャルワーカー)という制度ができたばかりで、私はそのことについてよく知りませんでした。
なので看護師を選んだわけです。

私ははじめから精神科看護師になるつもりで、学生時代から勉強してきました。
本や文献、雑誌もたくさん読みました。
保護室看護のあり方や、精神科救急医療の現状なども学びました。
でも就職する段階で、踏みとどまりました。
自分がもう少し成長してから、精神科看護はやった方がいいんじゃないかと思ったのです。
人生60歳過ぎまで働けます。
20代は普通の病院看護師をやろうと思いました。
それで私は総合病院に就職したわけです。
色々と就職してからは忙しくて、十分に休息が取れず、たった2ヶ月で1つ目の病院は辞めるに至りましたが、看護師という職業に私はこだわり続けました。
2つ目は老人保健施設の看護師。
そこでは毎日同じように老人と接するのが、次第に嫌になってきて、毎日こなすだけの仕事になっていくのが分かりました。
そんな向上心のなくなっていく自分が嫌で、結婚を口実に3ヶ月ほどで辞めるに至りました。
3つ目は有料老人ホームの看護師。
そこではひどい認知症の老人から、暴言や暴力を受け、次第にイライラが募り、お互いの精神衛生上良くないと考え、大学受験を口実に4ヶ月ほどで辞めました。
何をやっても長続きしない自分に苛立ち、もう私には看護は向かないんじゃないかと思いました。
派遣のバイトで、お弁当工場やケーキ工場で流れ作業の中で働いてみて実感しました。
「私に看護は向いていないかもしれないが、それ以上に単純な流れ作業は向いていない」と。
私は1週間も働いたら嫌になり、時々小遣い稼ぎに働く程度になりました。
それからまた堕落したゴロゴロの生活になりました。
身体は楽でしたが、精神的に満たされない日々が続きました。

引越しを機に、また病院で働いてみようという気持ちになりました。
施設や精神科で働くには、ある程度病院勤務の経験がないと、何事も自信を持って行動できないと思ったのです。
幸運にも人的に恵まれた環境の下で、働けることが決まり、順調に今のところは働けています。
給料もそこそこいいし、定時に上がれることも多いし、休日は月に10日ほどあるし、いい事尽くしです。
このまま今の職場で、長く看護師をやっていけたらなと思っています。

私が看護師を目指した原点は、精神科看護の質を上げたいと思ったことです。
私が入院していた当時、患者さんの中には十数年間も入院し続けて、すっかり社会復帰への意欲が失われている人がいました。
そういう人たちを見て、何とか一般社会でまた生活できるようにならないものかと考え込んでしまったものです。
そう!後から気づいたのですが、私は精神科ソーシャルワーカーになれば良かったのかもしれません。
でもとりあえずなってしまったのだから、今は病院看護師としてできる限りのことはやっていきたいと思っています。
看護師になったわけ、一言で言えば「反面教師」なんですね。
三連勤の一日目
今日は三連続勤務の一日目でした。
ミスなく終われるようにと、慎重に仕事しました。
リーダーさんがキビキビしている人で、少々緊張混じりの一日でした。
やっと小児麻痺の男の子は、明日退院です。
長かった…
だけどお母さんの方がもっと大変だったろうなぁ~と思います。

明日は2日目。
今日の疲れを残さぬよう、しっかり眠りにつきたいと思います。
私にとって三連勤は、ちょっとした山です。
無事に乗り越えて行けますように。

ミス
今日も仕事でミスしてしまった。
落ち込みながら報告書を作成し、師長に報告した。
そしたら「よく起こしやすいミスだからね~」と言われただけで、怒られなかった。
怒られると思っていただけに、そのような返答にドッキリした。
なんか上手く言えないけれど、ふんわりとしたやさしさに包まれたような感覚に陥った。
ミスをした。
だけど、もう同じ過ちは二度と繰り返すまいと思った。
こうして私は日々成長していく。

真剣な悩み
私には日々悩んでいることがある。
それは足がすごく臭いことだ。
風呂に入ったら石鹸でブラシを使って足を洗う。
風呂から出たら、脚用消臭スプレーを使う。
朝も脚用消臭スプレーをかけてから、ストッキングを履く。
だけど足が臭い。
今日はナースシューズを洗った。
靴は2足あって、交替で毎日履いている。
靴を脱ぐたびに、靴用消臭スプレーをしている。
だけど臭い。
極め付けに、足をアルコール綿で拭いてみた。
それでも一時的に臭いは治まるが、数分後には、また臭いが復活してくる。
本当に臭い。
なんでだろう、どうしたらいいんだろう…
難しい問題である。
台風
台風が近づいているらしい。
雨が降っている。
この時期になると、夏も終わり、だんだん寒くなってくるのが感じられる。
私は冬は嫌いではないが、夏の方が好きだ。
冬は寒い外気を吸いながら、ジョギングするのがとても好きだ。
でも今年は働いているから、そんな余裕ができるかどうか分からないが…
最近スポーツを全然やっていないな。
仕事だけで精一杯。
今日は少しゆとりがあったので、散歩に出かけてきた。
少し歩いただけで、心地よい疲労感がえられ、3時間も昼寝してしまった。
昼寝が唯一(?)の楽しみになってきている、今日この頃。
もう少し活動的な明るい生活をしたいものです。。
切り干し大根を食べる猫
うちのサワーは変です。
何でも口にします。
子供だからかな?
今朝はバターロールを、夜は切り干し大根の煮物を食べました。
…と言っても、そんなにたくさんではありませんが。
ミケは大人だからか、さすがにそんなことはありません。

サワーはすごく元気です。
だけど先日、獣医に検便をしてもらいに行ったら、な、なんとお腹に回虫がいることが判明しました。
び、びっくり!
薬を一錠処方してもらい、飲ませましたが、回虫が腸でうじゃうじゃしているのを想像すると、少しひきました。。
同じトイレを使っているので、ミケにうつっていないといいけれど、少々心配です。

今日は職場に小児麻痺の子どもが入院してきました。
言葉を全く話すことができない、小学生高学年の子です。
言葉による意思表示が難しく、トイレはオムツ使用、食事も口からは取れず、胃ろうから栄養を流すだけ…
本人、生きること自体、とても辛いんじゃないかと思いました。
時折見せる、ニコッと笑う顔が、私たちをホッとさせます。
私は統合失調症の薬の副作用で、一時的に体が全く動かなくなり、車椅子に乗せられ、ダラダラと垂れてくるよだれを拭いてもらったことがありました。
その時に私は「こんな身体のまま生きていたくない」と思ったものです。
でもそんな身体である以上、自分から死を選ぶことはできず(舌を噛み切る動作さえできない状態だった)、苦痛の中生き抜くことしかできませんでした。
だから私は小児麻痺の子を見るたびに、(もしかしたら私もあのようになっていたかもしれない、他人事じゃない…)と感じるようになりました。
小児麻痺という障害は本当に辛いと思います。
私はなったことがないので、細部にわたることは想像できませんが、おそらく頭の中が何かに縛られるような痛みでいっぱいなのだろうと思います。
そういう苦痛と共存しているわけだから、彼らは「ただ生きていること」だけで価値のあるすごいことなのだと思います。
一時期、「ただ生きているだけ」で意味のある人生なのか…と考えたことがありました。
だけど「ただ生きているだけ」ですごいエネルギーを費やしている人もいることは事実です。
統合失調症という病気で苦しんでいる最中の方がいたら、ぜひ思い出してください。
「ただ生きているだけ」でも、すごい意味のあることなのですよ^^
バースデー
本日、24歳になりました☆
だけど何も特別なことはしていません。
おいしいケーキ屋さんのバナナオムレットを食べました。
お姉ちゃんがキャラメルパウンドケーキを焼いてくれました。
そのくらいかな。

今日は仕事が休みだったので、一日中ゴロゴロしていました。

思い起こせば24年間、長かったなぁと思います。
人生80年だとすると、もう4分の1は過ぎてしまったのです。
統合失調症との付き合いも、もう人生の3分の1を占めるまでになりました。
まだまだベテランの域とは言えませんが、かなり自分自身を知り、コントロールできるようになってきた気がします。
これからも仕事を続けていく上で、健康管理が一番大切になってくると思うので、しっかり体調コントロールしていきたいです。

24歳の目標、一つは旦那といい関係を築いていくことです。
私は毒舌で何でもズカズカ言ってしまうので、密かに旦那は傷ついているらしいです。
少しは思いやりをもって、家庭生活を送っていけたらなと思っています。
祝☆一ヶ月目
病院での仕事を始めて、ちょうど1ヶ月が過ぎようとしています。
過ぎてみるとあっという間の気がします。
体力的にしんどい時もありますが、とりあえず1ヶ月続けられたことでホッとしています。
次は目標2ヶ月!
日々やるべきことを淡々とこなし、勉強会があれば参加して、分からないことはその都度聞いたり調べたりして、少しずつ自分の身にしていきたいです。

薬はとりあえず毎日飲んでいます。
睡眠薬はベンザリン2.5mgで固定。
だけど良く眠れているので、この次の受診日には2㎎に変更希望を伝えるつもりです。
最終的には睡眠薬とは縁を切るつもりでいます。
(今後妊娠するかもしれないので、薬は最小限に留めたいので。)
ジプレキサは今のところは飲み続けるつもりです。
いつまで飲み続けたらよいのかは疑問ですが、たしかに効果があるような感じがするので、今の私には必要なのだと思います。

最近、FC2のブログランキングの順位が下がり気味です。
時々でいいので、お時間ある方は右端の赤い英文字をクリックしてみてください。
メンタルヘルスと図書館ランキングにジャンプするはずです。
よろしくお願いします。
仕事をしていて思ったこと
職場で、「○○さんってちょっとプシコちっくだよね。」とか「○○さんっておかしい…精神的に変だよね。」と話している職員がいます。
*プシコとは精神科の患者という意味です*
その会話を聞いていて、(私もプシコなんだけど…)って思いつつ、やはり精神科って言うと、馬鹿にしたり、ちょっと特別な偏見の目で見たり、ぞんざいに扱われたりするんだなぁ~って思い、悲しくなりました。
精神科の疾患には、いつ誰がかかってもおかしくないはずなのに、その偏見が根強く、分かり合おうとしないのは悲しいことです。
私は自分が精神疾患を持っているだけに、病棟でメンタル面で病んでいる人を見ると、放っておけなくなってしまいます。
もっと医療従事者こそ、メンタルヘルスに関心を持ってもらいたいものだと思いました。

休息を求めて生きる
私の最近は、仕事でけっこういっぱいいっぱいになっています。
今日は3日ぶりの休日でした。
実家でお昼を食べ、夕方は2時間ほどの昼寝をしました。
休日に昼寝ができるのが、実に幸せです。
いい夢は見れませんでしたが、とても気持ちよく脱力感に包まれて眠れた感じがします。
明日からまた3連続日勤です。
3日働いたら、また1日休みです。
今はその休みを求めて、ひたすら活動するのみです。
活動と休息の繰り返し…今はその休息が楽しみでしかたありません。
仕事自体はやりがいもあるし、目標となるような先輩方もたくさんいます。
だけど時々身体がSOSを発信することがあります。
昨日、一昨日と体調があまりすぐれませんでした。
ひどい頭痛とだるさ、食欲不振と、少々の吐き気がしていました。
もしかしたら仕事が負担に感じて、心理的な面から症状が出ているのかもしれない…と思いました。
身体が資本の仕事なので、無理せずに休息を上手く取っていくようにしていきたいです。

ゴーヤ
3つなっています。
朝、確認しました。
中ぐらいの大きさのです。
ゴーヤ茶を作ってみようと思います。

ゴーヤを縦2つに割って、中の種を出し、ゴーヤを薄切りにします。
それを天日干しして、カラカラになったら、フライパンで香ばしくなるまで炒ります。
それを乾燥している容器に移して、出来上がり(予定)。

明日、早速収穫して、加工しようと思います。
楽しみだなー。
新たなる出会い
今日、子猫を拾いました。
名前は旦那が「サワー」と名づけました。
サワーは実家のキティに似て、キツネ顔で、スリムで、手足が長いです。
しっぽはストレートロングで、とっても美猫です。
一目惚れして拾ってきてしまいました。

お腹をすかせていたようで、テーブルの上にのぼったり、台所の上にのぼって、きょろきょろしていました。
エサをあげたら、ガツガツ食べ、ミルクもあっという間に飲み干しました。
きっと捨てられて、間もないのでしょう。
人恋しいらしく、抱っこすると膝の上で丸くなり眠ります。
とってもかわいらしいです。
どうしてこんなにかわいい子を捨てたんだろうと心が痛みます。

サワーはうちの子にします。
明日は動物病院に連れて行って、健康チェックしてもらってくるつもりです。
オスメス不明なので、その鑑定もしてもらってきます^^
ミケと仲良くしてくれるといいんだけど、ミケが今のところ、ふがーっと毛を逆立てて怒っています。
早くお互いに慣れて欲しいものです。

一番しあわせだった頃♪
明日、明後日と仕事が休みです。なので今夜はちょっと浮かれ気味。
昔話でも書きますか…

私が一番しあわせだった頃はいつだろうと考えました。
たぶん小学3年生が一番楽しかったし、思い出に残る日々だったと思います。
小学2年生までは、近所の友人と遊ぶ程度でした。
しかし3年生では担任の先生がおもしろい人で、学校の宿題が「○○公園でみんなで遊ぶこと」という具合で、塾や習い事のある人以外は、みんなで公園で一緒に遊んでいました。
ガキ大将のような男子がいて、その子中心に、「今日は缶蹴りをやろう、ろくむしがいいかな、どろけいにしようか、キックベースをやろう!」等と、その日の人数によって遊びを決めていました。
毎日クタクタになるまで外で走り回っていた時代が懐かしいです。
時々担任の先生が、宿題をやりに集まっているか、チェックしに公園に姿を見せに来ていました。
子供は子供なりに、精一杯色々と考えていたけれど、思いつめるほど悩んではいなかったです。
小学校時代は家庭内がドロドロだったので、私にとっては学校生活が唯一の息抜きの場でした。

しかし、そんな楽しい小学3年生時代も長くは続きませんでした。
担任の先生が、くも膜下出血で急逝したのです。
ちょうど12月の冬休みに入った直後に亡くなりました。
まだ30代で若かったのですが、体重が100㎏を超えていたので、体に大変な負担がかかっていたのだと思います。
当時の私には、「人が死ぬ」ということの理解がよくできていませんでした。
ただ冬休みが明けても、もう二度と目の前に先生は現れないんだということが再認識させられて、気持ちが沈んでいきました。
「外でみんなと遊ぶ」という宿題もなくなり、新しい先生が担任になりましたが、いまひとつなじめずに学年を終わりました。
それからです。
暇をもてあますようになり、非行に走ったのは…
デパートを渡り歩いて、万引きを繰り返しました。
誰もいない公園にぽつんと一人私がいて、(やっぱり今日も誰も来ない)と思いながらブランコをこいでいました。
私にとって担任の先生が死んだことは、友人(遊び友達)全てを失ったに等しいことでした。
デパートで繰り返す万引きは味気なかったけれど、他にやることがなかったのでやりました。
それくらい孤独感に悩んでいました。

一番しあわせだった頃から、一気に暗闇に落ちた小生3年生時代。
懐かしいです。
私は当時の先生を思い出すたびに、(先生は偉大だったなぁ。私も先生みたいな先生になりたかったなぁ)と思います。
私がもし死んだら、もしかしたら先生にまたあの世で会えるのかなぁ~
そんなことを考えていたら、死も楽しみの一つかなぁ~なんて思いました。


明日から一人立ち
今日、主任さんに言われました。
「明日から一人立ちね」って。
理由は、明日は看護師が3人しかいないそうです。
(その他に助産師はいますが)
だから私は看護師として、一人立ちしなくてはならないのです。
一人立ちの時期はもう少し先かな…と思い込んでいただけに、今日突然言われて、ビックリでした。

今日はミスを4つしました。
点滴を時間どおりにしないといけないのを、遅れてしまったこと。
点滴の日付を間違えて施行したこと(次の日の同じ物だったので大丈夫でしたが)。
点滴をキープしなくてはいけないのに、早くに落としてしまったこと。
手術後の患者で、安静にしなくてはいけないのに、ベッドを15度くらい上げてしまったこと。

どれも大事には至らなかったものの、一歩間違えたら…と思うとぞっとします。
明日からいよいよ一人立ち。
ミスったら全て私の責任です。
今日以上に気を引き締めて、しっかりやっていきたいです。
同じ間違いは二度としないようにしていきたいです。