私の感覚 2011年01月
私の感覚
34歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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考えてみよう!
本を読みました。

クスリに頼らなくても「うつ」は治る 泉谷閑示 

その中でうつ病を「心の風邪」と捉えることの落とし穴を指摘していました。
風邪は数日休めば、元通りの元気に戻る。
でもうつ病は数日休んだくらいでは戻らない。どんなに早くたって治るのに数ヶ月はかかる。
風邪に喩えるような生易しい病気ではない、とのこと。
じゃあ、何と言ったら分かりやすいか?
「心の疲労骨折」がいいのでは?と書かれていました。
うーん、心の疲労骨折ね。
的を得たいいネーミングかもしれない。

じゃあ、統合失調症をなにか分かりやすい言葉に言い換えてみよう!
(これは私の企画です^^)
「思考回路の生活習慣病」なんてどうでしょうか?
私の場合だと、病気の主症状が、考えすぎによる頭痛なので、思考回路が考えすぎと言う生活習慣によって作り出されたオーバーヒート状態なので^^
皆さんの病気を、分かりやすい言葉で言い換えてみましょう!
きっと他の人に自分の病気の辛さを分かってもらうために、役立つきっかけになると思いますよ☆

カラオケ~♪
旦那とカラオケに行ってきました!
息子は実家でお留守番^^ (ゴメンね~)

久々に歌って、スッキリした。
うん、たまにはいいね。
こういう時間が持てるのって。

アニメソングとか、懐かしんで歌うんだけど、原画が出てこないと、がっくりする。
そこにあった種類はジョイ、ダム、ウガ、だったかな。
今日は初めてウガ使ってみたけど、うーん、私はジョイ派かも。

明日は何しようかなー
最近早起きできるようになり、朝にゆとりが出てきました。
いいことです。
仕事もいよいよです☆
楽しみだわ^^
読書より
図書館で本を借りて読んでいる。

「朝型人間」の秘密 出勤前の100日革命  税所 弘 著
の中で述べられていたこと。
 
生きがいとは…
 生きがいというのは、朝起きたときにやるべきことが決まっていること だからそれを自分で設定するのもいいだろう。

たしかにやるべきことが決まっていて、それに向けて行動化していくことは充実感を伴う。
生きがいというのは、「朝起きたときにやるべきことが決まっている」たったそれだけの事でよいんだと実感した。
仕事だけに限らず、今日は(これをしよう)という目標があることは、とてもいいことなんだなと思った。
また早起きすると、朝の時間にゆとりが生まれる。
朝の1時間は昼間取る3時間に匹敵するゆとりである、と書かれており、早起きの効能が説かれていた。
大切なのは、(あと○分…)なんて思いながらダラダラ寝ているのではなく、起きようと思ったらえいっと布団を跳ね除けて活動を始めることである、との事。
えいっと起きることは私も心がけている。
起きてボーっとしていることは滅多になく、朝から体操したり、掃除したり、けっこうアクティブです^^
時間を見ながら新聞やチラシを見るのが至福のひとときですね。
朝、文字を追うことが出来る、と言うのは、最高のゆとりだと思っています!

人から「大切にされる人」されない人  斉藤 茂太 著 より抜粋
 
 疲れたときには体にも栄養が必要だが、心にも愛情という栄養が必要なのだろう。
 心配してくれる人がいると「早く元気になろう」という気持ちになる。
 自分の体をいたわって、早くよくなることが心配してくれる人への感謝の気持ちだ。自分が元気になることが、与えてもらった愛情への恩返しである。
 心配してくれる人もいなかったら、自分の体をいたわろうという気持ちがわいてこない。自暴自棄、体に悪いことをして平気でどんどん体をこわしていく人がいるものだ。こういう人は心が孤独なのだろう。やはり愛情は何よりの栄養なのだ。

愛情は栄養、本当にその通りだと思います。
自分が大切にされたからこそ、自分も人を大切にできる。
大切に想う愛情は、めぐりめぐって全ての人を幸せにするものだと思う。


仕事でしたー
今日はヘルパーの仕事でした。
利用者さんのお宅で昼食を作り、掃除と風呂沸かしをしてくるお仕事です。
料理はいつも何を作ったらいいんだろう…と考えますね。
今日は大根とちりめんじゃこでしょう油スープを作りました。
あとは前の残り物を温めて…
梅肉和えとと、ぬたみたいな料理を残さず食べていました。
それを見て、ほうほう、こういう料理が好きなのか~とヒントを得てみたり。
今日のお宅はまだ2回目なので、本当に試行錯誤中です。
夢は「今日の料理、美味しくて全部食べちゃったよ~」くらいの事を言われるようになることです!
地道に頑張ろう☆
安くて便利なもの
子供に以前ボールペンを持たせたら、家中落書きされて大変なことになりました。
それ以来、筆記用具は子供に持たせないようにしていたのですが…
一歳半検診で「クレヨンなどで殴り書きをしますか?」と聞かれ、「汚れるのが嫌で持たせていません」と言ったら、「何でもやらないと上達しないから…」と言われ、それもそうだと思い悩んでいました。
先日100円ショップでいいものを見つけました。
「水で落とせるクレヨン」と言うものです。
太さも子供が持つのにちょうどいい太さで、発色もよく気に入っています。
10色入りで、オレンジ色が入っていないのが残念ですが、それ以外は十分使えます。
毎日入る広告でパチンコ屋さんの裏面の白い大きい紙をとって置いて、それに落書きさせています。
たたみやテーブルに書いてしまっても、拭けば落ちるのでいいですね。
私が何か書くのを興味深そうに見ています。
渦巻きを描いてあげると面白いらしくて、指を一本立てて、もう一回!と言います。
かわいいものです。

まあ、そんなわけで安くて便利なもの探しに生きがいを感じている私です^^
驚異的
最近びっくりすることがあった。
鉢植えの三時草が成長しすぎたのか、株元がぎちぎちになって、とうとう陶器製の植木鉢が割れてしまったのだ。
落とした記憶がないので、たしかに三時草の生命力によって打ち壊されたのだろう。
すごい!!!
割れた鉢は丁寧に取り除いて、株を二つに分けて、新たな鉢に植えなおした。
三時草はこの寒さをものともせず、強靭に生き続けている。
なぜ凍ってしまわないのかが不思議だ。
もう少し温かくなったら、黄色いかわいい花が咲くだろう。
楽しみである。
発病した時の事。
13年前のちょうど今頃から、私は相当な不眠に陥り始めていた。
毎日学校から帰ってきて、少しグッタリダラダラして、それから勉強する。
食事と風呂の時間を除いて勉強。
勉強に疲れるとテレビを観ていた。
私の頭はぐるぐる回り、テレビを観ていても、様々なことを考え、ひとときも休まることはなかった。
夜、布団に入っても、頭は休まらない。
毎日毎日からだの疲れだけを癒やし、頭は起きっ放しで学校へ行く。
それでも何とかギリギリの所で動けていた。
感情がものすごく繊細というか敏感になり、些細なことで気持ちが揺らぐ。
心動かされて、様々な考えが頭をよぎり、自分で自分がコントロールできなくなっていく感覚があった。
あの時の私に何があったら、発病は免れていたのか、考えてみた。
きっと将来の展望があったら、発病していなかったのではないかと。
睡眠不足や体質、生活習慣、周囲の環境、それだけで発病するのではない…と私は思うのだ。
将来への漠然とした不安感、先の見えない環境におかれると、自分はどれだけ頑張って努力を続けたらよいのかが分からなくなる。
見通しのなさが、無理を続けるきっかけとなり、(休んではいけない、もっと頑張らなければ…)と自分の限界以上に力を注ぐ結果となったのだと思う。

以上の経験から、達成可能な見通しを持つこと、それが大切だなと思うようになってきた。
達成可能な、自分にとって無理のない目標があれば、どれだけ頑張って力を尽くせばよいのかがおのずと分かってくる。
受験勉強で完璧を目指すと、私なんかはつぶれるタイプだと思っている。
自分の場合、小学校、中学校くらいまでは完璧を目指してもよいが(テストにおける満点とか通信簿のオール5)、高校、専門学校などに行くようになると、科目数は多いし、全てを制覇して完璧を目指そうとすると、やはりどうしてもオーバーワークになってしまうのだと思う。
よっぽど才能に恵まれている人を除けば、得意科目とか好きな科目は完璧に近くなるけれど、そうでない科目はそこそこにできる…くらいでちょうどいいのだと思う。

完璧になる、というのは一瞬すごいことのように思える。
だけどそれにはもの凄い危険が伴っているということを忘れてはいけない。
完璧になるためにはどのくらいの努力が必要になってくるか、それを考えてみないといけない。
例えば歴史のテストで100点をとる完璧さを目指すには、どのくらい勉強したらよいのか、とか。
毎日1時間勉強すれば歴史で100点取れるだろう、とする。
そのくらいなら達成可能かもしれない。
でも5教科で100点満点取るには、じゃあどれだけ勉強したらいいのか?
毎日5時間家庭学習する?!
そんなことを続ければ、身体が持つはずない…
全てにおいて完璧なんて、所詮もの凄い才能に恵まれた人意外目指すのは到底無理なのである。
たとえ主要5教科で満点取れたとしても、音楽は?美術は?体育は?部活動は?委員会活動は?全てにおいて完璧を目指せるのですか?

そんなことが中3の私には分からなかった。

部活ではバレーが上手くなりたい。
生徒会活動も活発に色々取り組みたい。
勉強では満点を目指したい。
歌も上手に歌えるようになりたい。
マラソンも早く走れるようになりたい。
英語検定や漢字検定でより上の級を目指したい。
公文のプリントでもっと難しい問題を制覇したい。
地域の国際交流の活動がしたい。

とにかくやりたいことがたくさんあって、その全てを完璧に…なんて目指していたから、つぶれて当たり前だったのだと今になっては思う。
人は多かれ少なかれ、早かれ遅かれ、一度は挫折経験をするのだと思う。
その挫折経験にて、自分がいかに理想を追い求めすぎていたかを痛感し、その時の自分に見合った達成可能な目標に方向転換していくものだと思う。
私はたまたまその人生における挫折経験に、「統合失調症の発病」というのがくっついてきただけだと思っている。

でも発病した時の、自分の周囲の何だか奇妙な感じ、専門用語で「妄想知覚」とか「妄想気分」というのだけれども、それが今の季節になると、すごく思い出される。
この季節は自分にとって体調を崩しやすい季節だと思っているので、自己管理に気をつけて行きたいと思う。



メンタルヘルスの集い
お知らせです。
 
メンタルヘルスの集い
 支えられて(手)、支えて(手)! ~家族が求める家族支援~

日時:平成23年3月5日(土)
   10時~16時(9時半開場) 

開場:有楽町朝日ホール(有楽町マリオン11階)

参加費:無料(事前予約不要)

特別講演:「私は仕事も家族も決してあきらめない」
     佐々木常夫 東レ経営研究所特別顧問

特別報告:「精神障害者を支える家族の現状とニーズ」
     西田淳志 東京都精神医学総合研究所
 
フォーラム:家族が求める家族支援
 
主催:(財)日本精神衛生会

毎年行われているフォーラムです。
私もできれば聴きに行こうと思っています。
皆さんもお時間があれば、ぜひ参加されてください。
ためになるお話だと思いますよ。
回復しました
昨日は徒然と長文を書いて、自分の中で悶々としていました。
でもそのあとロドピンを飲んで、30分ほどしたら、スーッと落ち着いてきて、安心した気持ちになりました。
思考がゆっくりになり、ノートを開いて、なぜ自分はこんな状況に陥ったのか、整理してみました。
結果分かったことを次に書きます。

『執着心』の効用

物事に対して執着心を持つ、ということはプラス面、マイナス面の両方がある。
 プラス面→楽しくなる
      今の私ならば(こんな間取りの家に住んでみたい、こういう生活をしてみたい)と思い巡らせること
 マイナス面→頭で考えたり実際に行動することで、エネルギーを使うので疲れてしまう。

執着心を持つということは、気分が明るくなる作用があるが、こだわりが強くなりすぎるとエネルギーを使い疲れてしまうのである。

つまり(今後が楽しみだ)→(期待したり理想のイメージが強い)→(執着心が少し強すぎる)→(エネルギーを使うので疲れてしまう)ということになったのでした。

それぞれの状態を表すと、
 頭:想像力を働かせて考えすぎてしまい、オーバーヒートする
 身体:理想に向かって努力を行動化するので疲れてしまう
 心:楽しくなったりして一時的には満たされる

良いことも悪いことも含めて、全てはライフイベントなんですね。
私にとって就職は大きなライフイベントです。
調子を崩すかもしれないリスクは大きいですが、失敗したらまた挑戦する、それだけだと思っています。
ありがたいことに今は「ロドピン」が私にとっての大きな切り札なので、オーバーヒート気味な時は、頓服飲んで切り抜けて生きたいと思います。

昨夜は睡眠薬とロドピンのおかげでよく眠れました。
おかげで今日はすっきり元気に元通りです。
ハイテンションにもなっていません。
私は躁鬱の波が小刻みに来やすいタイプの人なのかもしれません。
でもその小刻みに来る分、早め早めに微調整できれば、大波にならずに済むのではないかと思います。
ご心配おかけしました。
元気が出ない~徒然なるままに。
昨日は仕事が採用が決まったという嬉しい知らせが届き、心は一安心したはず…
でも私の頭の中で考えはぐるぐる渦を巻き、まったく脳ミソが休まらず、一昼夜起きっ放しになってしまっている。
今は顔がぬれて力が出ないアンパンマンのような体調だ。
一体どうしたことだろう。
昨日は朝7時半には起きて、家事を済ませ、息子の検診にも行った。
身体的活動レベルは十分睡眠をもたらすに値する活動強度であったはずだ。
頭も適度に使ったし、心も一安心したはずだ。
それなのに頭だけが暴走し、布団に入ってもいっこうに眠くならず、夜が明けるのが待てずに、早朝散歩に出かけてしまった。
真っ暗い道を一時間くらい歩いた。
それでもまったく疲労が感じられない。
眠くもならない。
今日の予定は、以前通っていたクリニックへの久しぶりの通院と、携帯ショップへ行くのと、自立支援医療の更新手続きをすることだった。
朝一で通院を済ませ、実家に寄って母とおしゃべり。
2時間くらい話に花が咲き、私の気分は少しスッキリして携帯ショップへ。
ハーティ割引を申請し、プラン変更をして、買い物をしながら帰路につく。
運転がもの凄く苦痛に感じられてきた。
気分が遠くなるような感じと、吐き気がじわじわ出てくる。
帰りに自立支援医療の更新手続きをして帰ろうとした瞬間、ふわーっとめまいが生じた。
あーこりゃ、ダメだ。
以前先生に言われた「エンジンかかりっぱなしだね」という言葉がふと頭をよぎった。
家に戻って横になるが、目を閉じてもすぐにソワソワして気分が落ち着かない。
結局パソコンをこうして今開いて、かろうじて思考回路を正常を保っている。
何でこうなっちゃったんだろう。
どんなに気をつけていても、不調の波は襲ってくる。
今回の波はどう切り抜けたらいいだろう。
何の薬をどれだけチョイスして頓服としたらよいか。
いや、でも薬に頼りすぎてしまってもいいものなのか。
今夜眠れなかったら、本格的にやばいかもしれない…と直感的に感じている。
明日は訪問が一件、仕事が入っている。
その仕事に支障が出ないくらいの量の頓服にしないといけない。
飲みすぎてもだめ、足りなすぎたら再発の危険。
今の私は冷静だ。
私の中での正常の判断がまだ下せる。
頭は暴走しかかり、身体がバテていて休息を求めている。
では私の心は一体どうしたいのか。
それが自分でも良く分からない。
今回この不調が乗り越えられても、今後またこんな危機が何度もやってくるだろう。
そのたびに私の心は迷い、揺さぶられ、頭の暴走を止める手段がないことに無力感を感じ、泣きたくなる。
薬に頼ることは、身体の深いところにある声を掻き消して、何もなかったかのように蓋をしてまた無理をさせることにつながりやすいのだと自覚している。
それだけに、どの程度の薬に頼り、どのような休息方法を選択し、これからにつなげていけばよいのか、手探りの状態で不安だ。
今のクリニックの先生は話しやすいけど、ここまで細かく深く相談にはのってもらっていないので、120%頼りにはできない。
あぁ、以前お会いしたF病院の先生、また会ってお話がしたいです。
こんな時、どんな心持で進んでいったらよいのか。
立ち止まって、何を思ったらよいのか。
私は分からないんです。
先生、私の病気は適応障害ですか?統合失調症ですか?
適応障害ならば、立ち止まって深呼吸します。
統合失調症ならば大量に服薬します。
最近、私はハイテンションと、抑うつ気分を繰り返していて、自分は躁うつ病なのでは?と感じています。
私に合う薬はありますか?
薬に頼っては危険ですか?
今日久しぶりに会ったクリニックの先生に、「私は本当に統合失調症ですか?」と聞いたら、「そうなんじゃないの?」と聞き返されてしまいました。
ありゃりゃ、変な質問でしたね。
統合失調症じゃなければ、こんなにたくさんの薬を飲んでいません。
でも私は薬を減らしたいのです。
薬を飲んでいなかった、まっさらな15年間。
私の思考は途絶えることなく、深く研ぎ澄まされていました。
それが自然で、私にとっての「正常」だったのです。
生まれつき目の見えない人が、ずっと見えないままでいる。
それがその盲人にとっての「正常」。
でもその盲人の瞳が、光を感じるようになったら、誰もが正常に近くなったと思うでしょう。
しかしその盲人自身にとって、光を感じるようになったことは「正常」に近くなったと感じるのですか?
あなたは生まれたときから、見えない特質を持って、命を授かったのではないですか?
見えないことと見えること、どちらがあなたにとって心地いいですか?
どちらが本当の正常で、どちらが幸せなことなんですか?
私は考えすぎる頭という特質を持って、命を授かりました。
15年間そうやって生きてきました。
ずっとずっとそれが自然で心地よい特質だったのです。
でもあるとき私は医師に指摘されました。
「こんなに考えすぎてはいけない、もっとボーっとして頭を休めないと、あなたは壊れてしまう。」
そんな見立てにより、私にとっての正常は修正され、抗精神病薬を飲み、頭の神経を緩める治療がなされました。
でも薬が多いと、私は自分本来の姿でいられないような気がして、とてもおかしい感じがするのです。
私は世間一般にとっての「正常」にならなければいけないのですか?
100人に一人のタイプの「正常」になってはいけないのですか?
私は何のために薬を飲むのですか?
正常とは誰がどうやって何のために定義するのですか?
医師が思い描く正常に近付いた生活は、私にとってあまり心地よいものではなかったのです。
誰と対話したら、真の正常に近づけますか?
私は混乱してはいませんが、困惑しています。
私にとって今一番話したい2人は、どこにいるか分かりません。
もう一度あなたと話がしたいのです。
でもそれは叶わぬ夢。
今日は一人で徒然なるままにつぶやいてみました。
長文にわたりお付き合いありがとうございました。
感想をお待ちしています。批判でも構いません。

一段落
今日、仕事が決まりました!
2月から働きます~今度は特別養護老人ホームのお仕事です。
看護師さんが少ないから、やることたくさんあるだろうけれど、少しずつ仕事覚えて、任せてもらえるようになりたいです。
とりあえずゆとりある働き方がしたかったので、週3日のパートです。
平日に2日ゆとりがもてるので、身体を上手く休ませつつ、無理せずやっていければなと思います。
ヘルパーの仕事は週1に減らして、続けようかと思っています。
旦那はまだ働くのは早いんじゃないか、もう少しゆっくりしていれば…と言うけれども、私は働きたくてうずうずしています。
これも私の性分なんでしょうね。
数年後のケアマネ取得を目標に、地道に働き続けられたらなぁと思います。

今日は息子の一歳半検診がありました。
体重は11キロ。
オムツも次買うときは、Lからビッグにしないといけないかなぁ…
お腹ポッコリしています。
歯が一本ずれて生えているということが見つかりました。
それは一年経過を見ましょう…との事。
間食でスナック菓子をよく食べるということを話したら、小さいおにぎりを作ってあげて、それをおやつにするといいですよ、との事。
うーん、スナックに慣れた舌はおにぎりで果たして満足してくれるかどうか…
まあ、時間のあるときはおにぎり作ってあげるかぁ^^

今日の夕飯はそうめんでした。
温かい汁を作って、その中に麺をどぼん。
ふやけてボリュームが出ました(笑)
夕飯食べている時が一番幸せを感じます。
さて、明日は何を作ろうか…

返事待ち。
先週、面接を受けてきました。
働けるかなーどうかなーの五分五分、って感じを受けました。
只今、お返事待ち。
ドキドキです。
まあ、ここがダメだったら次がある!なんて気楽なものです。
でも正直、何度も履歴書を書くのは面倒だから、早く決めちゃいたい、ってのはあるかなぁ。
来週にはお返事が来るので、じっくり待ちます。

今日は専門学校の友達が遊びに来ました。
手土産にキャラメルコーンイチゴ練乳味を買ってきました。
とても甘いのだが、それを息子にあげたら、えらく気に入ってしまい、もっともっと、と目を輝かせて食べていました。
子供は甘いものが好きだよねぇ…
私もたくさん虫歯あるから、息子の歯磨きはしっかりやらないとなーと思っています。

オキザリス
先日ホームセンターで買って来たオキザリスを、プランターに植えました。
オキザリスは寒さに強く、外に置いていても花が咲くのがありがたいですね。
ピンクの花は気分を明るくさせてくれます。
プランターは玄関前に飾りました。
しばらくはピンクの花を楽しめるかなー♪

昨日は睡眠に関する本を読みました。
眠れない時はどうするか、という部分で、「眠れない時は布団から出て何かをして、眠気が来たらまた布団に入ろう」とありました。
これは既に私が実践していることでした。
私は眠れない時、布団の中で(あーまだ眠れない)と負のスパイラルに陥るのが嫌で、気分転換をしに布団から出ます。
あとは「眠れないということは、その分何かができているのであり、眠れないということも引き受けてあげよう」とありました。
これはちょっと新鮮な感じがしました。
眠れない、ということは大抵マイナスのイメージがあります。
眠りたいのに眠れない、つまり思い通りにいかないわけですからね。
でも眠れないことで、例えば読書をしたり、音楽を聴いたり、手紙を書いたり、勉強したり、何かしらをする時間が持てるようになるわけですから、得ていることもあるわけです。
だから「眠れない=よくないこと、ダメなこと」と単純に考えるのはうまくありません。
眠れなくても翌日、日中活動に支障がなければ問題ないわけですから、眠れなくてもその分何かができたと、自然に受け容れることができたらいいなと思いました。

睡眠日誌をつけて、自分の睡眠パターンを把握することも大切だそうです。
①昨晩の寝つき○:ぐっすり △:まあまあ ×:よくない
②朝の目覚め ○:パッチリ △:まあまあ ×:どよーん
③日中の活動 ○:てきぱき △:まあまあ ×:ぐったり
これに加え、就寝時刻と起床時刻を書くそうです。
これを2週間程続けると、自分に必要な睡眠時間が大体分かってくるようです。
私も働く前に自分の睡眠時間を把握してみようかと思い、睡眠日誌をつけ始めました。
睡眠に悩みのある皆さんも始めてみてはいかがでしょうか?

睡眠は毎日熟睡できれば嬉しいものですが、中々そうはいきません。
完璧な人生を目指すのが無理なのと同じように、睡眠も完璧を求めてはいけないそうです。
日中の活動に支障がない程度のまあまあの睡眠でヨシとしてあげれば、自分の気分も少しは楽になるのではないかなーと納得しました。
日々の努力
来週、就職の面接をすることになった。
近所の特別養護老人ホームだ。
争点は私の希望する勤務時間帯と日数を向こう側が受け入れてくれるかと言う所だ。
上手くことが運べば、2月から勤務したいなと思っている。
そのために今していること。
朝7時半前には起床して、ストーブをつけて、旦那にコーヒーを入れてあげる。
風呂の掃除をする。
布団を畳んで部屋の掃除をする。
とりあえずこれだけはしっかりやろうと思い、毎日しっかり起きている。
二度寝も強い意思があれば我慢できるものだなぁーと思った。

旦那は無理して働かなくていいよ、と言ってくれている。
しかし今の私には、働くことが無理すること、というよりも、生活リズムを整えることのような気がしている。
今度こそ、ゆるりと働きたい。

思考の糸
私の勝手なイメージを話したいと思います。

私の頭の中には思考の糸が張り巡らされている。
その糸は常にぴんと張っていて、しばらく起きていると、頭が引きつられるように痛くなってくる。
専門用語で言うと「頭重感」という表現が似合うだろうか。
考えることによって糸は常に緊張状態。
その糸が緩むのは、眠る時だけ。
だから私は頭が痛くなって、疲れてしまう。

でもその思考の糸をほんの少し緩める方法がある。
一つは薬。
少量のメジャートランキライザーだ。
思考の渦を鎮め、眠りに落ちるのを助けてくれたり、考えるのをほんの少し忘れさせてくれることがある。
もう一つはリラックスと何かに集中すると言うこと。
特に細かい手作業が自分には向いている。
折り紙、塗り絵、裁縫、絵を描いたりする。
そんなことをしていると思考が緩み、頭の存在を忘れてしまうほどだ。
それにプラスして、自分にとって心地よい音楽を聴くと、リラックスできる。

思考の糸が時々こんがらがることがある。
病気の再燃だ。
どう考えても考えても行き着くところがなく、休めなくなり、思考はぐるぐる回り続ける。
とても危険だ。
そんな時は早めに受診をして、薬を増やすのが一番だ。
昨年の春から夏にかけてが、私の思考の糸がこんがらがった時期だった。
今年も思考が回り続けることがあるだろうか…それは分からない。
どんなに気をつけていたって、脳の暴走が始まり、自分でどうにもならないことが起きてしまう。
でも先手先手を打って、暴走の初期段階に鎮火することはできる。

こんな病気だと、いつ再燃するんじゃないか、という不安は付き物だと思う。
どんなに注意を払って、どんなにマメに医者にかかって、どんなに確実に薬を飲んだって、再燃する時はある。
でも何度だって再燃してもいい。
再燃したらその都度鎮火して、再起すればいいのだから。
そのために大切なのは、パターンをよく知ること。
不調になる過程、調子を取り戻していく過程、元気になってからの注意点。
これらを知っておけば、何度でもやり直せる。
繰り返せば繰り返すほど、スムーズに再起が図れる。

私は統合失調症の常識を覆したい。
かつて統合失調症は、再発を繰り返すほど予後が悪くなり、人格は崩壊すると言われていた。
でも今は違う。
再発を繰り返しても、回復のために自己研究を行い、適切な周りのサポートを得ながら努力すれば、日常生活に支障のないレベルにしだいに落ち着いていく病気である、そんな慢性疾患である。
そう教科書レベルで語られる時代になって言って欲しいと、私は願っている。