私の感覚 2015年08月
私の感覚
35歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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回復を導く「開かれた対話」について
2015年8月24日付の読売新聞朝刊、くらし面「医療ルネサンス」のテーマはオープンダイアログ(開かれた対話)についてだった。

オープンダイアログとは治療法の一つで、例えば被害妄想や強い不安感などに襲われた人の家へ、看護師、心理士、医師ら2,3人の専門家が行く。そして患者、家族、友人、医療者が同じ部屋に集い、全く対等な立場で話し合う。全員で一時間ほど話し合い、症状の意味を探っていくのである。これを毎日10日前後続けるうちに、患者は落ち着き回復していくのだ。

私自身、発病直前、不眠不休で頑張りすぎ、孤独で先の見通しというか、希望が全く持てない状況に陥っていた。
宗教的マインドコントロールにより、世界が終わってしまう感じがして、ものすごい焦りが生じていた。
とにかく動き回って、休むことができない状態だった。
そんな時、私が受けた治療は、向精神薬の投与だけであった。
一面鉄格子で、プライバシーのない衝立のないトイレ、カギを外からかけられ、布団とペットボトル一本分の水しか存在しない個室。
用事や伝えたいことがあっても、スタッフを呼ぶことのできない造りは、自分の事をさらけ出せる環境とは到底言えなかった。
あらゆることへの忍耐を強いられ、自分自身に殻をかぶせなくては生き抜くことができないと自覚させられる空間であったのだ。

当時15歳。私はまだまだ子供で、大人と対等に話をするなんて難しいことはしたことがなかった。
私は心の傷口にとりあえず蓋をして、取り繕って生きることにした。
新聞記事には次のように記されてあった。
「心が混乱状態の人にとって、一番の薬は孤立を防ぐ人間的なつながり」だと。
その通りだと思った。
精神を病んだ結果、神経が傷つき、その自然治癒力を高めるために薬を使う。
あくまでも薬は脇役で、心の傷には温かな手当てが必要かなと思う。
開かれた対話は裏表のない率直な意見を知ることにもつながり、混乱を生じにくくさせる効果があると私も思う。
筋肉痛
ここ3日ほど、続けて夕方子供たちと外遊びをしていた。
だれがいつまで走り続けられるかという持久走や、長縄とびで8の字とか。
もう私も年だから、筋肉痛が二日後に出ました。
右腕がギシギシ痛いのは、長縄を際限なく回し続けたからだな・・・
片方の腕だけ筋肉がムキムキになりそう(^^)
夕方子供たちと遊んでいられるのも、旦那が夕飯を作ってくれるから。
9月からは旦那が仕事に戻るので、そんな余裕はなくなってしまうんだろうな。
あと少しの夏を、満喫したいですね。

かずひさは今カタカナに挑戦中。
おけいこノートを毎日やっているが、中々集中力が続かず、ちょこっとだけやるので、中々進んでいかない。
こんなんで小学校に行くようになったら、じっと座って授業聞いていられるんだろうかと、心配になる。
学校の先生は大変なんだろうなぁ~
まあ、ひらがなカタカナくらいは制覇させてから小学生になってほしいと思うので、もう少し勉強を念入りに見てあげたいと思う。
私もゆったりした気持ちで、子供たちに接することができるように気を付けていきたいです。
101日目
ふみが生まれて101日目です。
もう100日過ぎたんです。
あまりにもいろんなことがありすぎて、あっという間でした。
朝はだらだらと寝ていることが多かったので、9月からは私もシャキッと起きて、家の中の仕事を頑張ろうと思います。
旦那が仕事復帰するので、私もうまく行くようにできる限り応援するつもりです。

自分の悪い癖を何度も旦那に指摘されています。
「言葉遣いが悪い、もっと旦那の方が10歳年上であることを自覚して旦那を敬うように、人を馬鹿にした態度を辞めてほしい。」と言われます。
でも私は丁寧な言葉を使うと、疲れてしまうので、友人と会話するかのように旦那とは普通に話しています。馬鹿にしているつもりなんて微塵もありません。それなのになぜ?
とにかく旦那曰く、私は人の神経を逆立てるような話ぶりをしているそうなのです。
たとえば旦那がお茶を入れるのに、お湯が沸くのを待っていたので、「時間があったらミルク作ってくれる?」と聞きました。
そしたら「不愉快、イライラする言い方をするな」と言います。
私が逆の立場だったら、普通に「いいよ」とか「これ終わってからならば作れるよ」とか答えると思うんです。
ですが旦那は「時間があったら」と言う前置きがものすごく嫌だというのです。
前置きは何も言わずに、「ミルク作ってください、お願いします」と言うべきだと指摘します。
単刀直入に「やってほしいこと+お願いします」がいいそうです。
私は昔から相手の顔色をうかがいながら頼むか頼まないかを決めてきたタイプなので、けっこう頼みごとの前置きを入れてしまう癖があります。
癖だからついつい一言多くなってしまいます。
治すのが難しいです。
相手を敬う話し方についても難しいなと思います。
心の中で尊敬していても、それが全く伝わらなくて、残念です。
好きな人にまた「お前といると性格が変わる。昔の俺はもっと優しいと周りの人から評価されていたんだ。今はイライラさせられることばかりで嫌だ」と言われてしまいました。
そして「子供の事を考えて別れないけれど、初めから俺たちは合わなかったんだ。夫婦の問題と子供がいることは別問題にして考えなければならない」とまで言っていました。
気持ちがどんどん離れてしまうのかな?と悲しくなりました。

私なんていなければよかった。もっと別の人がたくさん生きたらいいのに、と痛切に思いました。
でも消えちゃうことはできない、宙ぶらりんのまま生きています。
発病して変わったこと
発病する前と後では、何がどう変わったか、についてまとめてみようかと思う。

発病する前はとにかく何にでも全力投球、手を抜く事をよくないことと思っていた節があった。
発病後は、全力投球すると疲れ切ってしまい、ほかに何もできなくなってしまうので、何でもそこそこで、悪く言えば中途半端な感じで取り組むようになった。

休息の取り方で言えば、発病前はとにかく猛スピードで走りぬいては、ちょこっと休み、また猛スピードで走るのを繰り返していたけれど、発病直前はなぜかフルマラソンに挑んでいるかのように、頑張っても頑張っても終わりが見えない、トンネルの中を走り続けているような感覚だった。

発病前は、自分がどういう大人(社会人)になりたいかが思い描けなかったけれど、発病と同時に、自分はどのように生きたらいいのか、指標のようなものが見えてきた気がする。そして数年かけて、職業選択を確かなものとし、その後今の旦那ともお付き合いを始めて結婚の道へ進むことになる。

発病前は世の中はすべて善悪に分かれる物事ばかりだと思っていて、何事にも白黒はっきりさせないと気が済まなかった。
でも発病と同時に、私の中での価値観が一気に崩れ、何がいいことで、何が悪いことなのかが分からなくなった。
そして今は、人それぞれ価値観が違うことに気づき、白黒以外にもグレーがあることを理解するようになった。

発病前は自分と他者の間に、厚い壁のようなものが存在し、自分の事を理解してくれる人なんて、誰もいないと思っていた。
でも発病と同時に、その厚い壁のようなものにぼこぼこと穴が開き、周りの人が自分を見守ってくれているような感覚に陥るようになった。
そして今は、その厚い壁がだいぶ薄くなってきたような感じがして、いつでも自分からその壁をノックすれば、周りが助けてくれるような安心感に包まれるようになった。

発病前は突き詰めて何でも考えて、答えが出ないと悔しい感じがあった。
だから勉強ではとにかく覚えようと必死で、それなりに結果が伴ってきていた。中学3年までは授業中に居眠りするなんて考えたことがなかった位熱心だった。
でも発病後は薬の服薬のせいか、授業中の居眠りは日常茶飯事で、覚えようとしてもすんなり物事が入ってこなくて大変苦労した覚えがある。
しかし発病後しばらく経過し、薬の量がある程度フィットしてくると、日常生活に不自由するほどの記憶障害はなくなり、ある程度まとまった文章も読めるようになってきた。眠気については仕事中に生じて、支障が出ることも多々あり、今でもどうしたらそれなりに動けるようになるのか模索中である。

発病前は他者とコミュニケーションを取るのが非常に難しく感じられていて、特に年上の人に敬語を使わなければならないという強迫観念のため、中々うまく自分の気持ちを表現することができないでいた。
発病後は、コミュニケーションの失敗も多々あるものの、間違った言い方を恐れずに、少しずつ積極的に話す努力ができるようになってきた。
特に躁状態になると色んな人とコミュニケーションを取りたくなるのは、発病後に特にみられる特徴のような気がする。

発病前も今も変わらないのは、わがまま(自分本位)なところと、よく泣くこと、くらいだろうか。

色んな人の発病前と後で変わったこと、変わらないことなどを知りたい気がします。
ぜひコメント残してください!!



ぼちぼち
ぼちぼち歩こう。
今行かされていることに感謝して。

ぼちぼち進もう。
いつかきっと、これでよかったと思えるように。

ぼちぼち休もう。
無理なく楽しい日々を送れるように。

生理周期によって、女性はイライラする。
私は腹が痛いから不機嫌になるし、手がかゆくなってイライラする。
でも仕方ない仕方ない。
何とか乗り切るしかないんだよね。

子供の保育所入所が決まりました。
基本自分で看て、うつ状態がひどくて動けないときや、通院の時などに預けたいなと思っています。
やはりかわいいわが子なので、なるべく自分でみて、一緒にいたいと思ってしまいます^^
でもひとまず、9月からの事が一つ決まって良かったです。
周りの皆さんに感謝です!!
ゆとり
私はイライラしていた。
何が、どうした、という細かさが原因ではない。
とにかく心の中のゆとりがなくなって、
疲れがたまってきて、
笑顔を忘れて、
イライラしながら家事をしていた。

ゆとり、
何で私から失われてしまうのだろう。
疲れ、不満、閉塞感。
私は幸せなはずなのに、
その幸せを自ら遠ざけてしまっている。

旦那が言った。
「そこに座っているだけでプレッシャーだ」と。
私はひとことも発せず、
漬物をポリポリ食べていただけ。
それなのに私の存在が、
彼を焦らせる。

私って一体何?
他人を追い詰めるつもりがなくても、
知らず知らずのうちに追い詰めている。
悲しい。
人気の度合い。
茨城県に住んでいて思うことがある。
今までに精神科に8か所足を踏み入れてきたが、病院によってカラーがある。
人気があって、予約制で、それでも混み合っている病院。
逆に人気があまりなくて、たまーに待つ程度で、いつも空いている病院、クリニック。
どちらがいいとは一概には言えない。
混むことで受診そのものにエネルギーが必要で、疲れてしまうのであれば、大変だし、通院までにものすごい時間や距離がかかるのも大変だ。
今回筑波大学付属病院から、逆紹介で地元の病院で診てもらおうと電話したら、予約がいっぱいで混んでいることと、以前そこのスタッフだったこともあり、病院側としてやり辛いから他に行ってくださいとエライ人から言われてしまった。
正直断られるとは思っていなくて、ショックだった。
ま、でも混んでいてわさわさしている病院に長く通うのも、長期的に見たら大変だから、断られてよかったとも思う。
替りに、15歳の発病した時に入院した隣の市の病院にかかることにしようかなと思っている。
そこはちなみに予約制ではなく、やっている時間帯に行けば、いつでも診てもらえるというお手軽さ。
裏を返せば、それだけ人気がなくて人が来ないとも取れるのだが。
でもドクターはいい人だった気がする!6年くらい前の記憶では、ちゃんと診察してもらえていたし。
また同じドクターになるか、新しいドクターに出会うかは未知ですが、楽しみにしたいと思います。
3週間後に筑波大を再診して、それで最後になります。

今日は外の草むしりを少ししましたが、暑くてすぐにばててしまいました。
でもやらないとすごいことになっていて、大変なので、少しずつでも頑張らねばと思っています。