私の感覚 2016年02月
私の感覚
34歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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ダブルパンチ
先週は子供の体調不良で消耗した私でしたが、その後、見事に子供のおたふくが私に乗り移り・・・
3日前から左耳下腺が膨らみ始めました。
恐ろしいことに昨日から、右の耳下腺まで膨れ上がり、ダブルパンチを食らったような感じです。
耳の下に漬物石を張り付けているかのようなパンパンさ、頭痛も耳痛も半端ないです。
とほほ~ひたすら寝ていたら体が痛くなってしまい、今日はロキソニンを飲みながら家事をこなしました。
熱は鎮痛薬飲んでいて、37.3度くらい。
多分ホンモノのおたふくでしょう。
あーしんどいよぉ・・・
首が痛くて回せないので、肩こりも半端ない状況。
おたふく、甘く見ていました。

明日は少し動けるようだったら、病院に行って痛み止めででももらってこようかなと思っています。
私の住む町
私は茨城県のA町に住んでいます。
人口5万人弱の、そこそこ便利な田舎町です。
私の町にはどんな学校があるか→公立中学校3校、私立中学・高校1校、公立(隣の市にまたがった土地に)高校1校、看護専門学校1校、それに県立医療大学と茨城大学農学部が存在しています。
私は町内の看護専門学校を卒業しました。
とても厳しく、そしてやさしい先生方の下で、たくさん学ばせていただきました。

今日はおたふく風邪もどきの子供と一緒に、てくてく歩いて眼鏡屋さんに行きました。
私の壊れたメガネを治すために。
でもそれだけじゃかわいそうなので、道中、茨城大学の馬場に寄って、馬と触れ合ってきました^^
ちょうど馬術部の学生さんがいて、「人参をあげてみる?」とかずと私に、くず人参をくれました。
手のひらにのせた人参をふがふがダイアナちゃんが食べてくれて、一層親しみがわきました。
秋の大学祭では体験乗馬もあるみたいなので、また遊びに来ようねと子供に言いました。

帰りに寄った小学校脇のふれあいの森では、小学校1年生のお兄ちゃんたちがドッヂボールをしていました。
小学校の体育館ではめいっこがミニバスをやる曜日でしたから、特別に見学させてもらいました。
大学生のコーチはボランティアで教えに来てくれているようで、温かく子供たちを見守っていました。
もう一人のコーチの先生は「上履き持ってきて一緒に遊びに来てもらっていいですよ」と言ってくださいました。
かずはうちの中で馬跳びをしたいけれど狭すぎるので、今日は広々とした体育館で思う存分馬跳びを楽しんでいました。
初めてのバスケットゴールは高かったけれども、3かいくらいシュートを決められて、嬉しそうにしていました☆

3日前に耳下腺が少し腫れて、痛いと言うので、近所のクリニックを受診しました。
大事を取って昨日今日と保育所を休みました。
保育所でおたふく風邪が流行っていると言われたので、おたふくを疑っていたのですが、不思議と発熱せず、一体なんで右の耳下腺だけが腫れたのだろうか、と思います。
まあ、でも久しぶりにかずと濃密に楽しい時間を過ごせたので、良かったかなと思います。
予防接種もまだしていなかったので、今後おたふく風邪の予防接種はどうしようかなと悩みます。

私の方は、春の訪れが近いせいか、眠気がものすごくあります。
今日も午前中はずっと眠っていたし・・・
ロドピンは私にしっくりくるとてもいい薬です。
一旦ロドピンを75mgに増やしましたが、眠気が半端なくひどかったので、50mgに戻してもらいました。
今の私にはロドピン50mgがベストチョイスです。
頓用のセロクエルもあまり使わなくて済んでいます。
ゆっくりゆっくり、少しずつ少しずつ回復の道を進んでいきたいものです。

イライラとゾテピン
ここの所、薬をゾテピン(ロドピン)に変えてからだいぶ落ち着いてきました。
2週間前くらいは多剤併用療法で、もう体はガタガタで、気を抜くと倒れてしまい、どうにもなりませんでした。
なので自分からロドピンだけでやってほしいと頼み、ロドピン(50)とタスモリン(1)でもたせています。
先生は心配げに、一週間後にまた見せてくださいと言って別れたので、今日はこれから受診します。
でも体調がよくなりつつあり、非常にマイルドになってきていることを報告しようと思っています。

私の悪いところは、疲れてくるとつい旦那にイライラをぶつけてしまうことです。
外面をなるべくよくするのにガンバっているために、つい一番身近な旦那にイライラしてしまう。
本当にいけないことです。
私はもう少し旦那を大切にして、敬わなくてはならないと思っています。

現在の頓用は、セロクエル(25)のみです。どういうときに飲むかと言うと、イライラしてどうにもならない時、あとは眠れなくてしんどいときですね。それ以外はまず様子を見て、自分が他人としゃべるときに早口になっていたら、セロクエルを飲むようにしています。
今週はセロクエルは計3回のみ使いました。いい調子です。

やさしい息子は3月で保育所を卒園します。
おめでとう、かず君。
かずはやさしい一年生になれるね。
友達がきっとたくさんできるよ。
楽しみに春休みを一緒に過ごそうね。
お母さんも一歩ずつ少し前を向きながらゆっくり進みます。
保育所の先生方にも感謝の気持ちを伝えきれないでいます。
やさしいね。
私はかずひさに聞いてみた。

ねえ、かずは将来何になりたいんだい?

え?お仕事?そうねー、僕マッサージする人になりたいんだ。

え?何でなの??

ママの肩とか腰とか揉んであげるの。僕それしかできないから。

うーん。それでは儲からないよ。どうやってなるの?学校へ行くの?それとも自力で学ぶの?

えーっと、それはね、こうやってママの肩とか腰とか揉みながら覚えるの。

そっか、ありがとう。また他になりたいものができたら、また聞くから教えてね。


彼の気遣いに心がじんわりと温かくなった。
何気ない会話の中から、子供が子供なりに一生懸命考えていることが分かった。
私はこの子供に愛されている、私も愛している、もうそれで十分だ、他に何も必要ない、と思った。
ここの所不安定さがあり、私は憔悴しきっていたが、何とか乗り越えられる、と感じた。
人々の温かさに救われている。
なんてすばらしい世界が広がっているんだろう、と思う。
まわりまわって何かが自分のところに届き、そして私の気持ちも相手に届く。
生きていていいかな、もう少し頑張ってみよう、と思い直せる。

眠れても、眠れなくてもいい。
それでも時は進んでいく。
何も変わらない「今」が、今この瞬間が存在するだけでそれで十分なんだよね。
生きる
私はひとり。
歩き続けた、悩みながら。

進もう進もう、前へ前へと。
立ち止まり、悩みを話す。

伝えたいんだ、この気持ち。
誰ならわかってくれる?

考え続けた、ずっとずっと。
でもわからない。

本当にわからないんだ、
さっぱりだ。

涙がこぼれる、
消えちゃいたい、と。

あなたは 働いている。
でも私は 働いていない。

何もしていないんだ。
本当に。

「いいんだよ、自分にできることをする、
 それだけでいいの。」

私は救われた。
ありがとう、先生^^
生きることって大変だね。
19年前、15歳で入院した時は、Mさんは一生懸命聖書を読み、エホバの証人としての勉強に励んでいましたが、不眠症と言って眠れないことに苦しんでおられました。

6年前入院した時は、M,さんは書物を読むのをやめ、動いたり止まったり座り込んだりして、病院内をさまよって、手厚い看護を受け、しかし私の事を思い出しては、「退院できたらな・・・」なんて希望を語り合っていました。

今年の1月に入院した時は、Mさんは車いすに抑制帯で固定されて、沈黙したままの状態が続き、時折トイレ介助でトイレまで誘導されて歩いていました。「Mさんに私の事覚えている?」と聴いたら、こっくりとうなずかれました。そして私は「幸せですか?」と尋ねたら沈黙が続いた。私が「生きるのって大変ですね」と話しかけたら、「本当にそのとおりね、と。私はMさんの選べない選択肢の生き様に涙が出そうになった。

精神科閉鎖病棟の中には悲しみがあふれていた。
元気になることもあったが、歳月を経て悲しみが変化しないことに、私まで悲しくなってしまった。
私はいつか元気になって、主治医からの信頼を勝ち取り、ここで働こうと胸に思いを抱くのでした。

昨日は私は色々あって疲れてしまい、泣いて泣いて涙ばかりがこぼれていた。
一人でいることが辛くて、子供が「保育所の迎え、ママがいい」と話していたのを思い出して、歩いて保育所へ向かった。
でも私は疲れすぎていて、ぼろぼろ涙がこぼれてきて、保育所についたらホッとして、動けなくなってしまった。
保育所はとっても暖かくて、心地よくて、眠気が襲ってきて私はとろけてしまいそうだった。
なんて温かな空間なのだろう、私の子供たちはきっと幸せな時間を過ごしているんだな、と心から思った。
私が親で申し訳ないと思った。
母が車で迎えに来てくれて、自宅に戻った。
私はふみザウルスを母に託し、昏々と眠り続けた。
泣いた後は疲れて良く眠れる。
泣くのは意外とエネルギーを消耗するのだと思った。
生きるのって大変ね、そう私は思う。
今、心のエネルギーが消耗してわずかしか残っていない。
躁鬱混合状態のような感じなのかな?
しんどいです。