私の感覚 お久しぶりです。
私の感覚
34歳の私が日々考えていることをサックリと文章にしています☆
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ようこ

  • Author:ようこ
  • 看護学校3年生からお気楽主婦になるまでの私生活のブログです。気ままに思ったことを綴っています。私自身、統合失調症を患っており、病気を抱えながら働くことの大変さを実感しています。2009年6月に第一子を、2015年5月に第2子を出産。今は2歳と小2の息子を囲んでの幸せで大変な生活を楽しんでいます。より多くの人が統合失調症を理解してくれることを願ってます。
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お久しぶりです。
えー、長崎旅行、無事行って参りました。
母も言っていましたが、離れた親への親孝行は、元気な孫の姿を定期的に見せに帰省することだとのこと。
私自身、核家族で、じいちゃんばあちゃんとは離れて暮らしていました。
なので、夏休み、冬休みには山形の実家へ、時々の休みには東京の実家へ帰省するのが楽しみでした。
だから私も長男の嫁として、長崎での同居までは踏み切るのは難しくても、年に2回は帰省し、親に元気な姿を見せるのを目標に体調を整えるのを頑張ろうという想いになりました。

この頃ライフプランについて真剣に考えるようになりました。
仕事することを目標に、高校、看護学校と学問をしてきたわけですが、仕事をしていない今、私は今後どう生きたらいいのか、構想を練っています。
私は「看護師」という仕事を選んでしまいました。
それは間違いではないとは思いますが、必然的に体調を壊す要因につながり、ダークになり続ける職業ではあります。
例えば、大学病院の内科、ここは未熟で仕事をさばけなくて、新人の私には3交代の夜勤でバーンアウトし不眠に陥りました。
次に老人保健施設、ここもあまりにも人手不足で、薬剤師が普通やる仕事まで看護師に押し付けられ、また介護士の仕事と同じ内容もこなした上に看護業務で、やはり未熟な私には体力的に限界でした。
そして有料老人ホーム、なぜかここは暇な職場で、夕方みんなで水戸黄門の時代劇を見るのがお決まりのパターン。淡々とした平和な日々でここなら今なら長続きしたかもしれませんが、あの時の自分は、まだまだ器が小さく、もっと技術を磨きたい、と大きなことを言って、大学入学を目標に転換したため辞めてしまいました。
大学は不合格に終わり、引越しまでして転職した職場は、総合病院の産婦人科と他の科の混合病床。
そこは長く働きたい、頑張ろう、少しでも多くのことを吸収しようと努力しましたが、私の能力が低く、仕事に就いていくのが困難になり、そのうち家事もやり、仕事をフルタイムでこなすのが体力的にきつくなり、休職。悔しくて何とかしようとさまざまな薬を試したものの、朝の申し送りで居眠りをする失態をし、上司から「あなたには他に向いている職場があると思う」とあっさり切られ退職。
もう看護師辞めてしまおうかと悩んでいた時に、原点に返り、私が本当にやりたかった看護をまだやっていない、と思い直し、家から一番近い精神科病院に就職。
そこは私的にはジャストフィットした職場です。事情が許すなら再就職するならココ!ともう決めています。
精神科看護はダークになりません。
どんな時でも患者さんは明るいです。私が沈んでいれば、元気な声をかけてくれるし、患者さんが元気がなければ、声をかけてお互い笑顔になれるし。
多分私は世の中でマイナーなタイプの人種。
精神科の患者さんも世の中にすんなり適応できなかったマイナーなタイプな人種で疾患名が付けられている。
精神科看護はよりよく生きるための看護。
どうしたら楽しく、笑って、ああ生きていて良かった、と思って一日を過ごしてもらえるか。
そして長期的に自分らしく生きる道を取り戻せるか。
すごくポジティブな部門で、根が明るい私にはぴったりなんですね。
がしかし、私は出産後もフルタイムで、とお金に目がくらんだ働き方をしたあまり、あっさり体調を壊し休職。
その後も復帰することなく、区切りをつけるという形で退職になりました。
当時はすごく悔しくて、何が何でもそこで働き続けたい、と言う想いが強かったですが、今思えば、これも人生に深みをもたせる意味で重要な転機であったと思います。
そして私はホームヘルパー(訪問介護)の仕事に就きます。
一対一でその人のためだけに働く時間は私にとってかけがえのないひと時を与えてくれました。
でもやはり私は能力がないんですね、家事は掃除はともかくとして、料理がぱぱっとできない。
あとは車の運転に神経を使うあまり、30分前には着いて、待機していることが多く、時間を食う割には全く収入に繋がらず、ステップアップを理由にやめてしまいました。でもホームヘルパーの仕事は、運転がなければ、やればやるほど面白くなる仕事ではあると思います。しかし別れはつき物で、毎週行っていたお宅のおじいちゃんがポッと消えてしまった時はわびしくなりました。私にはもっとしてあげられることはあったのではないかと、訃報を聞くたびに辛くなりました。
今度はフルタイムではなくパートで、と決めて特別養護老人ホームで働きます。
そこでの看護はいかにミスなく、日常を回し、そしていかに楽に死なせてあげるかのお仕事です。
楽に死なせる、と言うと語弊があるかもしれませんが、私には終末期の利用者様への看護を通して、苦痛を少なくする看護を学びましたが、どうしたら楽に行けるかということばかりを念頭に置きケアをして、そして看取っていくのは、確実に私の心を蝕んでいきました。
なぜ私は看護師なのに、「生きるため」の看護ではなく「死んでいくため」の看護をしなくてはいけないの?と自問自答しつつ常に苦しかったです。
人の死を単なる経過とは捉えることができず、いつまでも引きずる私は、どんどん目の前で利用者が亡くなっていく度にダークになるのでした。
精神的に病むと、どうしても体調が乱れてきます。
まずは不眠に陥り、生活パターンが乱れ、終いには重い鬱から一気に躁状態へ。
このときに私は初めて統合失調症ではなく、双極性障害の疑いが強いとの見方を新しくめぐり合った医師に教えていただきました。
一般就労はここでひとまず終わり、次に福祉的就労に入ります。
NPO法人ごきげんファームでは就労移行支援を利用させていただきました。
スタッフの心づかいや、運営の方針、実際の運営体制はもちろんのこと、野菜作りのいろはをここで学び始めました。
そして4ヶ月入院を経て、恵和会社会復帰センターで就労継続B型を利用している現在です。
今は行ったり行かなかったりと、不真面目な利用者ですが、行った時は真面目に作業して、集中して働く快感を得ています。
作業所といっても色んなタイプの作業所があり、その人のニーズとタイプに合った作業所を選ばないと、楽しく長続きしないことを痛感します。

ここからは淡い夢です。
以前勤めた精神科病院が今、改築をしています。
新病棟になり、デイケアもでき、ますます充実してきた病院が、長く保護していく看護から、生きる道を模索していく看護になってきた頃、私もスタッフとしてまた尽力できたらなと考えています。
当分フルタイムはやりません(笑)
フルタイムは身体を蝕んでいくだけだと、新卒で3年間ちょい頑張った結果、身にしみて感じましたから。
しばらくは作業所で適度に働いて、自分の時間を大切にしつつ、家族に笑顔を向けられるようにゆるりと過ごしていきたいですね。
この記事に対するコメント
すごいと思います
今まで、色々な福祉の現場で働いていらっしゃったのですね。職員として、当事者として、同時に病院や施設で働くというのは、どんな感じなのかな〜と、病人側しか経験のない私は、想像するに、不思議な感じですが、ようこさんはしっかりされた方なので、どっちもありが、ありだと思います。様々な体験の出来ている、ようこさん何か突き進む感じがして、応援したくなります。うまくいきますように~。。
【2012/07/24 23:27】 URL | ねこ #- [ 編集]

ねこさんへ
温かなコメントありがとうございます。
今の時期は本当に暑くて、ただじっとしているだけでも身体の疲労が激しいですが、大丈夫ですか?
私は本当にただ続かなくて、転職を繰り返してきただけの身で、何も誇れる所がありません。
でも唯一頑張っているのは、どんなに挫折しても、這い上がる気力を持っているところです。
だれでも行き詰ったりするとは思いますが、そんなときに、何度も這い上がっている私のことを思い出して、自分も頑張ってみようかな、と少しでも思ってくれる人が生まれたら嬉しいですね。
明日は仕事ではありませんが、趣味でバレーボール教室に通います。
楽しんでこようと思います!!
【2012/08/06 23:19】 URL | ようこ #WzzJX4NY [ 編集]


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